花のふる日は37

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「ただの執着や、京助のは。せやから往来でアホなこと……」
 独り言のように千雪は言った。
「先生、誰かほんとに好きになったことないだろ?」
「何が言いたい?」
 思わずカッとなって、千雪は隣の工藤を振り返る。
「夢中になったらいくらでも無様になれるってことさ。フン、現実はそうそうクールに決められるもんじゃないだろ」
「ハ、そらあんたはそういう経験がヤマとありそうやもんな」
 千雪は言い返したが、確かに自分の中で頷けるものがあるのが悔しい気がした。
「愛した男を殺して法の目を掻い潜って悪事を続けているやつを追い詰めて、ヒロインが男の仇を討つってのは、読者はスカッとするだろうが、ミステリーを度外視すれば、てめぇがとっとと告白さえしてりゃ、また違った人生歩めただろうってな」
 工藤が急に何を言い出したのかと思えば、小説の内容だった。
「ヒロインが本懐を遂げて、男への思いを抱いたまま男が死んでいた桜の木の下で死ぬっていうシーンは、情感的で映像的だが」
 千雪はだまってただ工藤の言うのを聞いていた。
「ヒロインとは対照的に書かれている男の妻は小細工して親友のヒロインを出し抜いてまでして男を手に入れた、悪女的な印象を持たせるが、どっちかっていうとその女の方がいじらしい。死体にすがりついて泣き叫ぶ女ってのが、なかなかいいシーンだ」
「妙なところやけど、ちょっとでも褒めてくれはるとこがあってよかったわ」
 工藤がそんなところまで読み込んでいるとは、千雪も思わなかった。
「で、告白できずにうじうじしているうちに、他のやつに取られたってのがお前の体験てわけか? それで小説なんかにして非現実の世界で憂さをはらしたと」
「勝手な想像すんなや!」
 虚をつかれて、千雪は思わず声を上げる。
 心の底にある思いをいきなり曝け出された気がした。
 ベストセラーにはなったものの、三流サスペンスだ何だと、かなり辛口な評で叩かれたりはしたが、そんなことを言われたのは初めてだった。
「フン、図星だろ。まあ、全体的に情感的で映像的なシーンがきれいだから、映画にするのはいいんじゃないか。俺の直感はほぼ外れない。確かにお前の言うように、小説とは別物になるだろうが」
 ニヤニヤ笑いながら、工藤はきっぱりと言った。
 悔しいが、何となくこの男は一枚上手だと、千雪も認めざるを得なかった。
 まあ、生きてる時間が長いからな、オヤジやし。
「ええですよ。そんなに映画にしたいんやったら、どうぞ」
 あっさりと口にした千雪の言葉に、今度は工藤の方が黙り込んだ。
「その代わり、あたらなくて大損したって、俺は知らんから。この間から言うてるように、映画になったもんは小説とは別もん、もう俺の手を離れたもんやと思うし」
「わかった。お前の気が変わらないうちに向こうについたら早速契約書にサインをもらっとこう。ギャラは弾んどくが文句があればお前に合わせる」
「ギャラとか、そんなんも何もかもお任せしますし。けどこういうのって、出版社に交渉せなあかんと違います?」
「とっくにお前の担当者には打診してある。映像化の話は来てるが原作者がOKしないとさ」
 千雪が基本的な疑問を口にすると、工藤はさらりと答えた。

 


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