花のふる日は42

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 いや、別に紹介して欲しかったというわけでもないのだが。
 千雪は工藤がそんなことを考えてくれたのかと、少しだけあり難く思った。
 屋敷に戻ると、やっぱり平造は二人を出迎えた。
「休んでいろと言っただろう」
 吉川から預かったパウンドケーキを渡しながら、工藤はぶっきらぼうに言った。
「今夜は冷えますんで」
 リビングの暖炉には赤々と火が燃えていて、それだけで何となく空気が温かく感じられる。
 平造が入れてくれたミルクティを飲みながら、千雪は『ラ・カンパネッラ』の料理が美味かったというようなことを話した。
「ああ、吉川さんはこの辺りの生まれで、昔は結構やんちゃをしてたな。この屋敷にバイクで突っ込んできて、怒鳴りつけてやったなんてこともあった。もともと料理が好きだったみたいで、一念発起してミラノで五年修行をして、一昨年、あの店を開いた。あのクソガキが今じゃ、一人前の顔になってるから面白いもんよ」
 あまり感情を表に出さない平造が、苦笑を交えて語った。
「そうなん。とてもそんな風には見えへんかったけど」
「客人が急に来たりするときは、ケータリング頼んだりすることもあって、いろいろ世話になっておる」
「あ、ひょっとして、ティラミスのレシピ、吉川さん?」
 すると平造は少し間を置いてから、「いや、それはまた別の人じゃ」と言った。
 
 
 
 
 たて続けにいろいろなことがあって、京助と喧嘩をしたこともそんなに前の話ではないのに、千雪は随分時間が経ったような気がしていた。
 さっき着いた時は、時間がゆっくり流れているように思たのにな……おかしなとこや、ここは。
 工藤から奪い取った部屋は、古いアンティークな家具に囲まれているせいか、不思議な安堵感があった。
 バスタブに湯を張り、久しぶりに身体を思い切り伸ばしてから、ようやくほっと息をつく。
 霞ヶ関で別れた京助の顔がふっと思い浮かぶ。
 さしあたって結局まだ何も解決していないと思われた。
「事件も、あれから何か進展あったんやろか」
 妙な事件だったが、下手をすれば自分が犯人にされそうになったのだ、腹立たしいことこの上ない。
 腹立たしいのは、つまらない犯人のコスプレの小細工に、警視庁までが踊らされて千雪を犯人扱いしたことだ。
「ああ、もう! 終わったことやし!」
 ざっと顔を洗うと、シャワーを使って部屋に戻った千雪は、ようやく疲れを感じたのか、ベッドに入るなり久しぶりにぐっすりと眠った。
 
 
 
 
 小鳥のさえずり、窓の外には柔らかな春の光が満ちているのだろう、空気さえ爽やかだ。
 こんな日は惰眠をむさぼる以上に贅沢なことがあるだろうか。
 温かい毛布にくるまって、何も考えずにただ眠っていたい。
 千雪は毛布を頭まで被ろうとして、逆に引っ張られ、眉を顰める。
「起きろ」
 上から声がしたが、それでもまだ眠りを手放したくない千雪は再び毛布を引っ張りあげようとする。
 途端、カーテンがさっと開けられ、眩いばかりの日差しが一気に降り注ぐ。
「何やね……一体……」
 さすがに身体を起こした千雪だが、目の前に腕組みをして立っている工藤をしばしぼんやり見つめる。
「さっさと起きろ。俺は出かけるんだ」
「え………何であんた、部屋に………!」
 やっと事態に気づいて、千雪は喚く。

 


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