花のふる日は43

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「いいか、お前は、無自覚で人を蠱惑するくせに、無防備すぎる。だから襲われるんだ」
「勝手なこと言いな!」
 高飛車に断言する工藤に、千雪は声高に言い返す。
「だったら、何で鍵をかけてない」
「え………」
 今度は千雪は自分に唖然とする。
 鍵のことなど全く頭から頓挫していた気がする。
 つまり警戒心ゼロだったということだ。
「いいから起きて、契約書にサインをしろ。俺はあと三十分で出かける」
 言い渡すと工藤はたったか部屋を出て行く。
「えらそうに!」
「さっさと起きてくださいよ、先生」
「バカにしいなや!」
 投げつけた枕は、閉められたドアに当たって跳ね返った。
 
 
   
 
 午前中、千雪はまた薪割りの手伝いをして過ごし、サンドイッチとカフェオレで平造と一緒にゆったりと昼を過ごした。
 工藤は千雪がまだ朝食のコーヒーを飲んでいるうちに、契約書にサインをさせ、東京にとんぼ返りしたので、屋敷にはまた二人だけである。
「俺、工藤さんの大学の後輩で」
 工藤の会社でやっぱり俳優かモデルをやるのかと平造が聞いたので、千雪はどう答えたものかと逡巡しながら言葉を選んだ。
「モデルや俳優とかは関係なくて、学生なんやけど、物書きもやってて、今度俺の小説を工藤さんが映画にしはるいうことで、さっき契約書にサインしたんや」
「ほう? 小説家ですかい? それで出版社とかから電話があったんじゃな」
「あ、はあ、すみません」
 工藤に知られないようにこそこそしてましたとも言えず、千雪は恐縮した。
「謝らんでもええが、まあ、ここならゆっくり原稿も書けるじゃろ。この辺りは文豪の出入りが多かったみたいじゃから」
「あ、いや、そんな大それたものやのうて、推理小説の端くれ、ってとこやし」
 千雪はハハハと思い切り苦笑いする。
「社長の後輩、というと、法学部ですかい?」
「あ、そう、同じ宮島教授のゼミで、今は先生の研究室に」
「ほう、そうですか……」
 平造は頷くとしばしぼんやりとまだ蕾も固い桜の木を眺めている。
 一昨日もそんな風に、社長は最近桜を愛でることもしないというようなことを言っていたが、この桜の木に対して老人には感慨深いものがあるのだろう。
「何やら雲行きが怪しいな」
 さっきまではいい天気だったのだが、いつの間にか太陽は雲に隠れてしまったようだ。
 天気予報を見ようと平造はキッチンのテレビをつけた。
『………園山敬三(五十二歳)を殺人容疑で逮捕……』
 ちょうど耳に飛び込んできたニュースに、千雪がテレビを振り返ると、画面は切り替わり、記者会見で警察署員数人が頭を下げている場面になった。
『世田谷西署今野博之巡査部長を殺人容疑で……』
 どうやら二つの事件ともに容疑者が逮捕されたようだ。
 にしたって、一人は五十二歳のおっちゃんやんか、いくらカツラと眼鏡とジャージが同じやって、何で同一犯て決めつけてるんや? 警察もほんま、アホやわ。
 千雪は心の中で憤慨する。
 てことは、俺も見ようによっては中年のオヤジに思われとるいうことか? ちょっとさすがにそれはないで。
 既にテレビは天気予報に切り替わっていたが、腕組みをしたままテレビを睨みつけながらちょっとばかり考え込んでしまう千雪だった。

 


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