花のふる日は6

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「一晩かけてただ旧交温めてたわけやないやろ? 彼女の部屋で」
 千雪は静かに言った。
 京助はしばらく黙り込んだ。
 そして徐に口を開いた。
「あいつ、昔、自分の運転する車で事故って、同乗していた姉さんだけ死んだんだ。それからウツになって、薬で抑えて仕事はしていたんだが、俺がこっちに戻ってから、アルコール依存症でしばらく施設に入ってたこともあったみたいで。それも克服して何とかやっていけそうって時に、事故とか目の当たりにしたことがあって、トラウマが出てきたらしい。今度はクスリやるようになったらしくて、実は彼女のマネージャーから連絡をもらったんだ」
 車は麻布方面に向かっていた。
 京助は自分の部屋へ千雪を連れて行くつもりだった。
 それをわかって、ちょうど鳥居坂辺りの信号で停まった時、千雪はいきなり車を降りた。
「おい、千雪!」
 慌てて京助は車を路肩に停め、千雪を追った。
 千雪は振り向きもせず、歩く。
 脇を通り抜ける風は少しばかり優しくなっている気がした。
 季節はゆっくりでも着実に春へと向かっている。
「待てって言ってるだろ!」
 千雪に追いついて振り向かせると、京助は怒鳴りつける。
「だから、マネージャーのロバートが、クスリを取り上げたら手が付けられないって、あいつが俺を呼んでいるからっていうんで、行ったんだ。確かに! ……確かにただ旧交を温めていたわけじゃない。だが、すがりついて泣き喚くあいつをおとなしくさせるには、それしかなかったんだ。愛情とか何とか、そんな感情は微塵もないんだ!」
 千雪は少し深く息を吐いた。
「ほな、俺なんか追いかけるより、彼女のとこ行ってやった方がええんちゃう?」
 そう言うと、千雪は京助の腕を振り払い、たったか六本木の方へと歩いていく。
 京助は千雪に追いつき、並ぶように歩きながら、「悪かった」と言った。
「お前の機嫌を損ねるつもりは、全然なかったんだ」
「機嫌を損ねる?」
 こいつは何を言っているのだろう、と千雪は思った。
 今までの彼女には、そうやって京助は関係を取り繕っていたわけだ。
 いや、優しいのだろう。
 目の前で困っている人間を放っておけない。
 千雪に対しても優しくなければ、ズボラな自分にここまで世話を焼いてくれたりしない。
 少しばかり世話になった教授の息子だからって、律儀に。
 自分の仕事に対してはちょっとやそっとではぶれない信念があるし、肩書きやおべんちゃらで人を判断することはないし、人としての器は大きい。
 千雪よりもあとから推理小説研究会に入会してきた京助をてっきり同学年と思っていたから、初めて会ったときからタメ口を利いた。
 千雪もあまりこだわる方ではないものの、高校までの部活でなら上級生を呼び捨てはなかっただろう。
 京助は全くそんなつまらないことにこだわる男ではなかった。
 だから、彼女のことも京助にとってはたいしたことではないのかもしれないが。
 友人として、京助は大切な存在だと思う。
 だからもし、ただの友人同士だったなら、こんな面倒なことにはなっていないのだろう。

 


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