「せぇけど、違うんよ、うちと千雪くんやったらおままごとの延長でしかあれへん。うちのためにて思てくれた研二くんの優しさはわかる。わかるけど間違うてるて言うたやろ? ほんまにお互いが魅かれとったんは………」
江美子はそこで口を噤む。
ドアが開いてやってきた男に気づいたからだ。
「大丈夫? 江美子さん、雨が降り出したみたいだから、傘を持ってきたんだが」
京助の声に研二は江美子を離した。
「おおきに。小降りやし、すぐそこやから走っていくわ。おやすみなさい」
「おやすみ、気をつけてね」
江美子が小走りに門を抜けるのを見届けて、京助は研二を振り返った。
「どうした? 研二くん。奥さんのことが心配で、君も帰る?」
つい挑発するような台詞を口にしてしまう。
「……京助さん、あんた、一体どういうつもりや」
真っ向から研二は京助を睨みつける。
「どういうつもりとは?」
問い返しても研二は、ただ苦しげに京助を睨むだけだ。
「研二くんは優しいんだな。大事なものは身を挺して守る。お前は親友の鏡みたいなやつだ。到底、俺にはマネできない。俺は欲しいものをただ指を銜えて眺めているなんてできやしないからな」
京助が何を言いたいのかがわかって、ぎりぎりと研二は拳を握り締める。
「大事にし過ぎて壊しちまっちゃあ、おしまいだよな?」
研二はしかし、京助を殴ることはできなかった。
「先に千雪を見限ったのはお前の方だろ? 今さらだよな? ああ、江美ちゃんのためと思ったんだな。だが、そうそう人は思い通りに動いてはくれねぇぜ?」
弱い犬ほどよく吠えるもんだなどと、京助は胸の内で自嘲する。
だが、ここで情けをかけるつもりなど毛頭ない。
でなければ土壇場できっとこの男に持っていかれる。
「お前が守るべきはうちにいる奥さんだ。誰でもない、お前が決めたことだ、そうだろう?」
しばし二人は睨み合った。
京助には怯むつもりはなかったが、先に視線を外したのは研二だった。
「帰ります」
あっけなく研二は白旗を揚げたかに思われた、その時。
「けど、俺はいざとなったら、何もかも捨てる覚悟はとうにありますよって」
じっと京助を見据える研二の目は、清清しくさえあり、京助は思わず息を呑んだ。
「研二? もう、帰るん?」
その時、ドアが開いて出て来たのは千雪だった。
「おう、久しぶりに元気そうな面拝めたからな」
「お前こそや。せや、予定日近いんやったな? 奥さん、大事にしたり」
優しい笑顔とは裏腹に、研二の拳が再び握られるのに気づいたのは京助だけだった。
「ほならな」
「ああ、またな」
研二は千雪の顔をしっかり見つめてから、門へと踵を返す。
「あ、雨強なったで、研二、傘……」
「走って帰る」
千雪の声を背中で遮るように門まで研二はゆっくり歩いた。
門を出たところで、しかし、研二は立ちつくした。
「………千雪……」
搾り出すように口にした呟きは、誰に届くこともなく雨の中に吸い込まれた。
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