地下鉄を乗り継いで乃木坂に着くと、ちょうど五時だった。
慌てて階段を駆け上がり、歩いてすぐの瀟洒なビルについた。
機能的でお洒落で、無関心なこういう都会の街にくると、ひとりなのに不思議と寂しさを感じない。
みんながそれぞれ同じように動いている気がするからだ。
「こんばんは」
二階のオフィスへ階段で上がり、ドアを押すと、工藤はまた電話で怒鳴っていた。
「いらっしゃいませ。お約束ですか?」
ちょっとふくよかな品の良さそうな女性が千雪を見て一瞬はっと驚いたような顔をしたが、すぐにこやかに笑った。
「小林です。さきほど工藤さんからご連絡をいただいて」
「あら、まさか小林千雪先生?」
今度は本当に驚いた顔でまじまじと千雪を見る。
「いや、先生とかいうようなシロモノではありませんが」
「まあまあ、どうぞこちらへ。少々お待ち下さいませ」
窓際の大テーブルの方へ案内されてすぐ、電話を終えた工藤がやってきた。
「早速だが、キャスティングに目を通してもらいたい」
工藤は俳優の名前がリストアップされたファイルを千雪の前に差し出した。
「はあ、けど、そういうのんはお任せしますし。俺が見てもわかれへん。好き嫌いでどうこういうもんやないでしょうし」
「フン、大抵誰でも好き嫌いでキャスティング文句つけるぜ? お前みたいのが珍しいんだ」
苦笑いしながら向かいのソファに座り、工藤は煙草をくわえて火をつける。
「志村嘉人さん、小野万里子さん………、はい、確認しました」
一通り目を通すと、リストを工藤に返す。
「好きな女優使えとか、ないのか?」
「俺、あんまり知らんし……お任せします。どんなものになるのか、観るのは楽しみですけど」
芳しい香りの紅茶とプリンがテーブルに置かれた。
「どうぞ」
「鈴木さん、休日なのに申し訳ない。あとはもう結構ですから上がって下さい」
「じゃ、キッチンを片付けたら。工藤さんもあまりコンをお詰めにならないようになさって。お煙草もほどほどに」
鈴木さんがにこやかにキッチンに下がると、千雪はスタッフにはかなりに気をつかっているんだな、と工藤を見て思う。
軽井沢の平造もそうだが、鈴木さんという女性も、社交辞令でなく工藤の身を心配している気がした。
と、その時だ、いきなり、バンッとドアが開いたかと思うと、長身の美人が駆け込んできた。
「高広!」
工藤は驚くよりも眉をひそめて、「芽久」と呼んだ。
「いやよ、やっぱりいや! あたし、別れないから!」
言う間もなく、芽久と呼ばれた美人は工藤の首に腕を回して抱きついた。
だが、工藤はその背に手を回すこともなく、「いい加減にしろ!」と怒鳴りつけ、その腕を引き剥がした。
鈴木さんもキッチンから出て来て、呆気にとられている。
「どうして? ねえ、どうして私じゃダメなの? いや、いやよ! 高広!」
ボロボロボロっと大きな目から涙が零れ落ちる。
そして初めて美人は千雪に気づき、途端、涙が止まった。
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