花を追い18

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「一体全体どうしたんだよ、紗英ちゃん」
 助け舟を出してくれたのは坂口だった。
「だって、鬼の工藤に会わせてやるっていったの、先生じゃない! なのに顔合わせにも来なかったし、今日は来るはずだって、先生のウソツキ!」
 喜怒哀楽が激しく、表裏のない、自然児のような少女。
 良太は「田園」の原作にあったフレーズを思い返していた。
 確かに、思ったことをすぐに口にする、常識という言葉では測れない人物という意味では、紗英は原作の少女そのままかも知れない。
 ただ、どうやら紗英はまだ工藤に会ったことがないらしいとは分かった。
 にしたって、坂口センセ、いったい何て言ってこの人口説き落としたんだよっ!
 以前、竹野が受けてくれたと嬉々として良太に電話をしてきた時のことを思い出す。
「まあまあ、クソ忙しい奴だからよ。撮影に入ればいやでも会えるって」
 坂口が竹野の肩を抱いて、あやすように言った。
 さすがに呆れた顔で、ったくくだらない、と小声で呟くと、アスカは良太の肩をポンとひとつ叩き、秋山を従えて次の現場へと向かった。
 ふと視線を感じて顔を上げた良太は、竹野をじっと見つめる本谷に気づいた。
 うわあ、ちょっとこれ、どうしたらいいんだよ? なんでまた絡みの中心が工藤になってんだよお!?
 何やらこの先、出港したばかりのこの船に、スムースな航海とは程遠いものを感じないではいられない。
 それでおそらく、そうしたあれやこれやをうまく収めるべく動くのは当然、良太であろうことも。
「良太ちゃん、この後ちょっと時間ある?」
 頭の中が混乱を極めていた良太は、急に耳元に振ってきた深いバリトンにはたと顔を上げた。
「宇都宮さん」
「ちょっと相談があってね」
「え、あ、はい、えっと」
 意外な申し出に、良太はスマホを取り出すと軽くスケジュールをチェックした。
 谷川の件もあり、ドラマの番宣プロモーションイベントに工藤の代わりに同席しなければならなかった良太は、今日入っていた予定を思い切ってずらしたので、あとは事務所に戻るだけのはずだった。
 なんだかだで既に六時になろうとしていた。
「はい、大丈夫ですが」
「この上に、割と居心地のいいレストランバーがあるんだ。そこでいいかな? 軽くメシでも食いながら」
「あ、はい」
 何だろうと思う。
 キャスティングにはすったもんだあったし、宇都宮も色々と何か感じているところがあるのかもしれない。
 座長の宇都宮に気持ちよく仕事をしてもらえるよう計らうのもプロデューサーの仕事だし、ここはしっかりしなくては。
 良太はひとりコブシを握って気合を入れると、宇都宮の後に続いてエレベーターでレストランバーのある十七階へと向かった。
 案の定、通されたのは個室だった。
 窓の外には宵闇が降りてくる手前の藍色の空に浮かぶ月と林立するビル街の煌びやかな灯が広がっている。
「嫌いなものある? 車だったよね」
 柔らかい笑みを浮かべ、宇都宮が聞いた。
「え、特にはないです」
「だったら俺のおススメでちゃちゃっと頼んじゃっていい?」
「あ、はい」
 こじんまりした空間だと宇都宮のバリトンがまたさらに心地よく響く。

 


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