花を追い17

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 良太の心の声も届かず、「あ、そういや、そういうの、いたな」「この子?」「確かにものおじしない大物感があるわね」などとテーブルの後ろの男女が口々に言い始めた。
 ものおじしない大物感って、魑魅魍魎の輩に鍛えられ過ぎてすっかり業界慣れしてるってとこからか?
 などと突っ込みを入れている場合ではなかった。
「だーかーら、違いますって! 俺はただの南澤奈々の付き添いです!」
 手にしていたリュックを降ろして、良太はごそごそと名刺入れを取り出した。
「ああ、南澤奈々ちゃんね。オーディション通った人は別室で説明聞いてるよ」
 へえ、奈々ちゃん、もうオーディション受かったんなら、俺がいる必要ないし。
「青山プロダクション社長秘書、広瀬です。今後ともよろしくお願い致します」
 目の前の男に名刺を突きつけると、ペコリと頭を深く下げ、良太はリュックを掴んで部屋を後にしようとした。
「ちょっと待ったあ!」
 またしても先生がそのリュックを掴んで声を上げた。
「秘書でも何でもいいんだよ、とにかく、この役は君しかいない!」
「そうだ、君、今回のオーディションはスター俳優への登竜門と言われている。楠先生がここまでおっしゃってくださってるのを、みすみす逃す手はないと思うよ」
 スーツの男まで立ち上がる。
 うわあ、誰か、こいつら何とかしてくれ!!!!!
「いや、とにかく、大変、ありがたいこととは思いますが、とにっかく、もうここずーーーーーっとスケジュールが死ぬほど立て込んでいるので、失礼します」
 もう一度深々と頭を下げると良太はドアに突進し、それでも一度振り返ると、「南澤をよろしくお願いします!」と言い残して、ようやく部屋をあとにした。
 さすがにもう追ってはこなかったが、ただでさえ疲弊している良太の神経を逆撫でするには十二分の騒ぎだった。
「なんなんだよ、今の。勘弁してくれよ」
 思わず知らず口にして、良太はラウンジにへたり込んだ。
 そこへちょうど奈々が戻ってきて、「良太ちゃん」と肩を叩いた。
「あ、お疲れ。オーディション受かったって? おめでとう」
「ありがとう。お疲れって、良太ちゃんのがすんごい疲れてっぽいよ? 大丈夫」
「大丈夫大丈夫。帰ろっか」
 成人するまでは実家暮らしをするというのが奈々の両親の条件なので、良太は奈々を車に乗せて八王子へとハンドルを切った。

  

 都内の老舗ホテルで行われた、NBCの創設六十周年記念番組「田園」のプロモーションイベントは滞りなく行われ、陰で見守っていた良太もほっと胸を撫でおろした。
 工藤がいなくても、プロデューサーの挨拶はNBC側のチーフプロデューサー担当なので、何も問題はなかったはずだが、俳優陣が控室に戻っていくその後ろをアスカと一緒に歩いていた良太に、前にいた竹野紗英が「ちょっと、何で工藤さんいないのよ!」と唐突に詰め寄った。
「あなた青山プロの人でしょ? このドラマ工藤さんがやるっていうからOKしたのよ。なのに顔出さないって、いったいどういうことよ?」
 ヒロイン役のこの剣幕に俳優陣、関係者らみんなが振り返る。
「あ、いや、申し訳ございません、出席予定だったのですが工藤は急用で」
「なによそれ」
 今度は何だよ、と良太は思わず口にしそうになるのを辛うじて我慢する。
 これまで仕事上でも竹野紗英が工藤に絡んだ事実はないはずだし、まさかプライベートで何かあったのだろうか。

 


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