麻布の緑が豊かで閑静な佇まいの中にほわんと灯がともる古めかしい構えの鮨屋があったが、戸口には準備中の札がかかっている。
近くに車を横付けした藤堂はかまわず引き戸を引いた。
「三人、いい?」
暖簾をくぐって藤堂が声をかけると、店のスタッフが振り返った。
「藤堂さん、いらっしゃい、いつもありがとうございます」
若いスタッフが三人を奥のこじんまりとした座敷に案内した。
「メニューとかないんですね、まだ準備中だったし」
出されたおしぼりで手をふきながら良太が言った。
「ああ、日替わりお任せなんだ。若旦那が最初ランチってことで始めたら、どっと来られちゃったんで、スタッフは少人数だし手に負えなくなってきて、準備中でも入ってきた客には対応するってことにしたそうだよ」
「なるほどー、美味いんだ! 楽しみ!」
藤堂の横で良太はしきりと感心する。
向かいに座った佐々木はさすがにタブレットではなく、今度は小さめのスケッチブックに何やら描いている。
「天才クリエイター、アイディアが降臨ってとこですか? 佐々木さん」
「そんな大それたもんやないですけどねぇ、忘れないうちに描きとめとこ思て」
集中している佐々木は表情がすごくいいな、と良太は改めて思う。
まあ、さっきの小菅さんじゃないけど、この人を射止めるって、やっぱすごいことなのかも。
才色兼備を絵に描いたような存在だよな。
つなぎとめたくて必死になる沢村の気持ちもわからないではない。
そんなことを良太がぼんやり考えていると、まもなく三人分の海鮮丼ランチが運ばれた。
老舗なのに、エビ、いくら、ウニ、マグロ、ホタテと新鮮なネタがこれでもかと乗っかり、文句ない美味さの上、茶わん蒸しに卵焼きがついているが、この味がまた絶品だった。
「美味いわ、これ。茶わん蒸しもいけますね」
佐々木も美味いものの前にはさっさとスケッチブックを置いて箸をすすめている。
「でしょう? ここ来て正解だった」
藤堂も自慢げに頷いた。
「ほんと、美味いです!」
良太はほとんど言葉もなく海鮮丼を平らげていく。
「今度、直ちゃん連れてこよ。このくらいのボリュームでもあの子ペロリやから、美味いもんやったら」
佐々木は直子を思い浮かべて苦笑する。
「そういえば、最近会ってないな、直ちゃん」
良太が忙し過ぎて、直子がお遣いで会社に来てもいなかったりなのだ。
「相変わらず、世話になってますわ、直ちゃんいなんだら、俺、やっていかれへんし」
軽くのたまう佐々木にとって、仕事上確かに、可愛いがしっかり者の直子はなくてはならない存在である。
前の奥さんもふんわりパステルの絵のような可愛らしい人だったと、当の直子から聞いている良太は、おそらく佐々木が沢村と出会いさえしなければ、ひょっとしたらごく自然に佐々木と気難しい佐々木の母親ともうまくやっていけそうな直子と将来的にカップルになっていたのかもしれないと思う。
だが本当に出会いなど不思議なものだ。
よもやあの沢村がこの佐々木と、だ。
まあ、出会いといえば、自分と工藤との関係も妙なものだといえるのだが。
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