「子供の頃とは味覚は変わるんです」
「でも良太ちゃんはちゃんとお食べになってますよ」
ん? とテレビを見ていた良太は工藤を振り返る。
「子供じゃなくても、イタリア人とか、朝から甘いパンとか食べますよ!」
何か言われる前に、良太は主張した。
「別に何も言ってないだろ」
工藤はフンと鼻で笑う。
「俺、そろそろ藤堂さんと打ち合わせですから、失礼します!」
「藤堂と? こっちに来てるのか?」
「オンライン会議です」
「ほう?」
またちょっと小ばかにしたような工藤の反応を無視して、良太はリビングへと移動し、自分のタブレットを立ち上げた。
「おはよう、良太ちゃん。今日も元気な顔を見られてうれしいよ」
今日も朝からテンションの高い藤堂の声が良太を出迎えた。
「やっぱり早出の練習の時を見計らってということかな」
「全体練習の二時間くらい前に集中して特打とかやるんです、沢村。ホームゲームの時がいいのではと思います」
撮影の日程を沢村に打診して、決定しなくてはならないのだが、ペナントレース中はマスコミ取材なんか絶対受けないと言われていた沢村が、その信念を返上してまでこの仕事を受けたのは、やはり佐々木に会いたいだけ、なんだろうとは良太にはわかる。
いや、あいつ、佐々木さんのためなら野球なんか辞めるとか、言ってたこともあったしな。
「しかし、沢村選手がよく受けてくれたよね、この仕事。昔、一度CMに出たのは球団側命令だったかららしいし」
藤堂も同じようなことを考えているに違いない。
そういえば、以前CMではないが大和屋の着物ショーに出たのだって、佐々木が関わっていたからだ。
「まあ、受けたからにはきっちりやるでしょう。近日中に沢村に日程のこと聞いておきます」
「よろしくね。あ、そうだ、打ち上げの店、決めたから……」
と藤堂が言ったところで、良太の背後から「何の打ち上げだ?」という怒気を帯びた声がした。
「あ、工藤さん、いらっしゃったんですか。それじゃ、よろしくね、良太ちゃん」
藤堂は良太の背後の工藤を認めると、早々に切ってしまった。
「藤堂さん気が早いだけですよ、沢村の仕事が済んだらって話です」
藤堂の代わりに良太が弁明する。
「まだ始まってもいないのにバカか」
あーあ、実はキレモノの藤堂さんをバカ呼ばわりするなんて、工藤だけだよな〜
今頃くしゃみでもしていそうな藤堂が少し気の毒になる。
工藤は一つ二つ電話をしたくらいで、その日二人は近くの店でランチを取り、午後から平造を見舞った。
夜は礼もかねて吉川の店に行ったあと、工藤が軽井沢にくるとたまに寄るバーのカウンターでまったりと好きなラム酒を手に、良太が話し忘れていた、奈々のオーディション会場で、オーディションを受けに来た若い連中と間違えられたことを話すと、これもまた珍しく工藤が笑った。
結局、工藤の権限? でその日も軽井沢で過ごすことになったため、ほんとに平造には申し訳ないと思いつつ、嬉しい良太だった。
そういえば、と良太は思い当たる。
工藤って、あの桜、ほんっとに久し振りに見たんじゃないのか?
工藤にとって桜はもう何年も忌むべきものだったらしい。
でも、もう、いいのかな。
これもやっぱ、平さんのお蔭、だよな。
空には満月がぽっかり浮かんでいた。
桜は月の光を浴びて、優雅にその年最後の花を散らしていた。
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