昨日までドラマロケで北海道にいた工藤とは、ここ数日顔を合わせていない。
沢村のお蔭でまた良太は頭の隅にあった引っ掛かりに辿り着いてしまった。
へえ、と思ったのはネットのエンタメ情報だ。
この四月から放映が始まった大手芸能事務所の人気俳優本谷和正主演のドラマの視聴率が微増ながら右肩上がりだという。
工藤が古い付き合いのディレクターから頼まれて不承不承プロデュースに関わったというMBCと大手広告代理店が絡んだドラマで、当初は昔の工藤ならとっくに降ろしているだろう下手糞な若手タレントを人気だけで主役に置いたろくでもないものだと口にしたことがある。
だがだからと言って工藤は引き受けた仕事の手を抜くようなことはないし、人気アイドルでちやほやされている俳優だからと言って、ヘタクソはヘタクソだとこき下ろすくらいは朝飯前だ。
それが案外打たれ強かったのか、どれだけ工藤に怒鳴られてもへこたれることなく、最初は学芸会以下とクソミソだった芝居が、台詞はお世辞にもうまいとは言えないものの表情や所作がよくなったと評判になっている。
それだけが理由ではないが視聴率に貢献していることは間違いない。
工藤がそのドラマの撮影から戻ってきても殺気を感じたりしなくなったことで、良太も情報が気になっていたのだ。
夜には、そのドラマを撮影しているスタジオに工藤を迎えに行くことになっている。
何故だかはわからないが、良太の中でモヤモヤが少し大きくなった。
スタジオに着いたのは七時を回った頃だった。
鈴木さんが帰る六時頃、書類づくりに没頭していた良太は一度工藤に電話を入れたが、撮影はあと少しかかるらしく、七時過ぎに来てくれということだった。
だったらさっき夕食用に買ってきた弁当を食べてからスタジオに向かってもいいかと、オフィスを閉めて自分の部屋に戻り、猫たちにご飯をやったりしてから湯を沸かし、テーブルに弁当を広げた。
すると二匹の猫たち、ナータンが良太の膝に上がり、チーは向かいの椅子にちょこなんと座って良太を見つめる。
触ったり抱いたりしてやるだけで、こちらも癒されるのだから、有難い存在だとあらためて無垢な四つの瞳を見て思う。
お茶を入れて和んでいると置時計が六時半を知らせたので、良太は立ち上がり、用意していた工藤のスーツケースを持って部屋を出た。
オンラインでチェックインは済ませ、プリントアウトしたチケットや渡航書類、それに工藤のパスポートを入れたセカンドバッグは自分のリュックに入っている。
MBCに着いたのは七時過ぎだったが、スタジオをこそっと覗くと、まだ監督が声高に何か喚いているし、撮影も終わっていないようだった。
ラウンジ辺りで待っていようと良太はスタジオを離れ、通りすがりのトイレに気づいて行っておくかとドアを開ける。
十時の便だから遅くても八時には出た方がいいのだが、まだかかるのだろうかと鏡を見ながら手を洗っていると、廊下で声が聞こえた。
「終わったのかな」
誰もいないのでつい口にしながら良太がドアを開けようとした時、「工藤さん」という声がした。
「何だ?」
咄嗟にドアを閉めてしまったのは、工藤を呼んだのが、件の本谷だったからだ。
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