「はあ、詳細はあとで。店に戻られるのならお願いしたいんです」
千雪が言うと、良太は加藤から渡された小さな盗聴器二つを差し出した。
「テープはがせばくっつきますから」
「お安いご用だ」
「直ちゃん、中にいるってほんとですか?」
さっきから気になってしかたなかったことを良太が聞くと、藤堂はいつになく難しい顔をした。
「ああ。直ちゃんが行くって聞かなくてね。さっき店にバイトに入ったんだ」
「え………」
良太の中で胸の中のざわめきが大きくなる。
「ということで、心配だからもう行くよ。また、後ほど」
藤堂はあたりを注意しつつ車を降りると、また店に戻っていった。
一方、直子は見習いとして既にその夜フロアに出ていた。
直子が指定された時間に面接に行くと、田中という四十代くらいの細身の支配人とママの清水美咲がそれぞれ名刺を差し出した。
二人の名刺は浮ついた感のない、文字もスミ一色のシンプルでかっちりした名刺だった。
「少し前にちょっとした事件があって、何人かやめちゃったのよね。経験はあるの?」
ママの美咲は落ち着いた声で直子に尋ねた。
「いえ、初めてです」
「それにしては度胸が据わってるわね」
それはもう、昔から言われていたことだ。
可愛いさに騙されると痛い目を見る子。
「以前、受付業務なども経験がありますので」
いつものふんわり口調を封印して、OL風を装った。
臨機応変な対応は直子の得意とするところだ。
いくつか質問されたが、未経験だと言ったにもかかわらずすぐに採用され、その夜からお店に出たいという直子に、支配人は、即、見習いとして用意してあるコスチュームを着用するよう取り図らってくれた。
履歴書はもちろん偽物でそれっぽくきっちり創り上げたが、田中は履歴書より直子の身長がそこそこあって手足が長い上にウエストが細く、小づくりな顔というプロポーションの良さと可愛らしい笑顔がいいと一発で決めたようだ。
「モデルとかやってたの?」
美咲は履歴書に目を通しもせずに尋ねた。
「いえ、普通のOLです。ちょっと今までとは違うお仕事がしてみたくて」
「スカウトとか声かけられたりしなかった?」
田中はまた直子を頭のてっぺんから足の先までなめるように見つめている。
「学生の時、ちょっとありましたけど、そういうのは興味なくて」
「いいねぇ、その笑顔、可愛いよ」
直子は内心キモ、とは思いつつもおくびにも出さない。
田中に案内された控室で、いくつかのドレスを見せられたが、直子の目にかなうものは、一、二着はあったくらいで、あとはパスりたい安物のダサさだった。
レースの白と黒が微妙に重なったタイトミニスカートのワンピースは、長い脚を強調しつつも可愛らしさを残した、直子によく似合うものだった。
「可愛いわ」
美咲がちょっと羨まし気に言った。
最初直子は先輩のホステスである穂香について客の横に座ったのだが、明らかに直子の可愛らしさが目立ち、すぐに年配の紳士らに気に入られたようだ。
グラスに酒を注いだり、氷を入れたりというような仕事も、卒なくこなし、言葉遣いも控えめで丁寧な上、色々なお稽古事を子供の頃からこなしている直子は姿勢もよくきれいな仕草が一層エレガントに見せている。
だが、その紳士の手が膝に伸びた時、内心直子はぞっとして払いのけそうになるのを必死で抑えた。
そして藤堂が客として現れた時だ。
「あたし今いらしたお客さまに着いちゃだめですか?」
直子はすかさず穂香にダメモトで言ってみた。
ダメと言われることもなく、直子はすんなり穂香とともに藤堂が案内された席に着いた。
穂香が名乗るのと前後して、直子もにっこり笑った。
「なおみです」
穂香よりしゃしゃり出ることもなく、時々口を挟む。
パーティの時など佐々木と一緒にいても直子の行動は計算されているな、と藤堂も時折思うこともあったが、とすると直子は下手な俳優なんかはだしで逃げ出すほどのかなりの演技達者だ。
俳優とか向いてるんじゃないか。
表情に出さないのがまた直子の肝の据わったところだ。
以前、佐々木を拉致した問題俳優にビンタをかました挙句、強烈な断罪の言葉を浴びせた時の直子が見事だった。
藤堂はすました顔でグラスに酒を注ぐ直子を見て改めて思う。
直子が左隣、穂香は右隣に座っていた。
「そうなんだよ。親の財を食いつぶしてばかりでは申し訳ないと、一念発起してね、会社を興したばかりなんだ」
そんな時携帯がなった。
良太からだった。
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