幻月27

back  next  top  Novels


 藤堂は良太や千雪とそのチームが外で頑張っていることを知り、俄然、アドレナリンが出てきたように感じた。
 盗聴器をポケットに席に戻ると、藤堂は穂香をたてるように、彼女としばらく話していたが、今度は直子に向き直り、「新人さんなんだ、俺と同じだね」などと言いながら、少し直子に顔を向けてポケットから先ほど預かってきた盗聴器の一つをこっそりと直子の手に握らせる。
 直子はそれが何かは最初わからなかったが、とりあえず素早くスカートの裾の裏に突起を引っ掛けさせた。
 藤堂はエレベーターの中で、良太から携帯に送られてきた関係者の顔写真をざっと見ていた。
 時々裏から現れて支配人と何やら話しているまさしく人相の悪い男が出水だとはわかった。
 しかし、本当に悪事を働くと悪党面になるもんなんだな。
 妙に感心しつつ、しばらく男の様子を窺いながら、直子と徐々に話の調子を合わせていった。
「ご実家がチョコレート会社なんですか?」
「そうなんだよ。だからチョコレートやらケーキやら甘いもの大好きなんだ。結構、美味しいお店とか、詳しいよ」
「じゃあ、シュークリームの美味しいお店ご存じですか?」
 甘い話で直子とならどれだけでもつきない。
 それはもう既に実証済みだ。
「お酒もお強そうですわね」
 穂香も口を挟もうとする。
「そうだね、コニャックとか好きかな。強くはないんだけどね」
「オールダージュとか?」
 直子が言った。
「ああ、そうだねえ、美味しければね。ワインには少々こだわるほうだけど」
「ロマネコンティとか?」
 今度は穂香が言った。
「うん、そこまで高級だと、飲むのが怖くなるよね、もう少し飲みやすいくらいがいいかな」
「シャンベルタンとかミュジニィとか?」
 直子が言った。
「そうだね、そのあたりが美味しく飲めるかな」
 酒にも結構詳しいね、直ちゃん、という顔で藤堂は直子を見た。
 藤堂がこういう店に慣れているのは、散々同僚の河崎に付き合わされたからだが、無論、上質なオーダーメイドのスーツが板についているところといい、一流のホステスならその雰囲気からも藤堂が富裕層に属していることは嗅ぎつけるだろう。
 しばらく女の子には常に慕われ慣れているオーラを十分に発揮して、そのうちママの美咲までを笑わせていた藤堂だが、そろそろかな、と席を立った。
「ちょっと酔っちゃったかな。お手洗い」
「あら、大丈夫ですか?」
 美咲もこれはいい上客が転がり込んできたとばかり、ちょっとふらついてみせた藤堂に声をかける。
「大丈夫ですよ」
 藤堂はトイレに立つ振りをして、事務室を探した。
 トイレとは逆の方向へ歩いていくと、スタッフオンリーの文字が書かれたドアがあった。
 ドアを開くと、廊下になっていて、事務室があった。
 人がいないことを確認してからデスクの裏に預かった盗聴器をテープでくっつけた。
 と奥の部屋から人が出てくる気配がしたので慌てて戻ろうとしたが、店の方からも人がやってくる。
 咄嗟に思い切り転んで見せて、酔っぱらった態で壁に寄り掛かった。
「おい! 何してる!」
 例の出水という男が怒鳴った。
「……と、トイレ……、ちょおっと酔っちゃったみたいで」
 立ち上がろうとして立ち上がれないといった演技を藤堂はしてみせる。
「ったくしゃあねぇなあ、お客さん、とにかく立って」
 フロアスタッフの一人らしい若い男が藤堂の腕を担ぎ上げた。
 トイレまで藤堂を連れて行くと、「大丈夫すか?」と聞いてきたが何も疑われることもなかったようだ。
 ふう、とため息をついて、トイレを出て席に戻ると藤堂は店内を見回した。
 直子がいない。
 冷や汗というものを、藤堂はこの時ほど感じたことはなかった。
「あれ? なおみちゃんは?」
「すぐに戻ると思いますわ」
 穂香は笑ったが、藤堂はおそらく直子が盗聴器をどこかに設置するために席を立ったのだろうと思った。
 しかし、何か嫌な胸騒ぎがした。
 その頃直子は控室に行ってから誰もいないことを確認すると、自分のロッカーからバッグを取り出し、ミニスカートを捲くし上げて、中につけている割とがっちりタイプのゴシックガーターハーネスベルトに携帯を忍ばせた。
 携帯が落ちないように少し細工をしておいたのだ。
 そして、耳にはマイク内蔵のワイヤレスイヤホンを入れた。
 簡単にスカートの下の携帯を操作できる。
 バッグに入っているのは買ったばかりの新しい携帯である。
 いざという時のために、念には念を入れてこの店にやってきていた。
 バーカウンターを通った時に、藤堂から渡された盗聴器はカウンターの裏側につけてきた。
 準備は万端、と控室を出たところで、男たち二人が奥で何やらひそひそと話しているのに気づいた。

 


back  next  top  Novels