風そよぐ38

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 市街に戻って撮影が終わるのを待っているともう七時近くになってしまった。
 続けて工藤の誘いを断ったことに、後ろ髪を引かれるような思いにかられつつも、撮影現場にタクシーが着く頃には、やっぱりもうそういうことなんじゃないかな、と諦めの境地で良太は一層また背中が重くなったような気がしていた。
 ちょうど本谷のシーンだったのだが、本谷の科白がいつになくまずい出来で、二度のリテイクに本谷もひどく恐縮していた。
 体当たりでやれって、昭和のオヤジかよ。
 そういうの、本谷さんとかに通じるんかねえ。
 俺よか二つばかりしか違わないはずだけど、今時の子は、そういうの、敬遠するんじゃ……。
 あ、でも、あの工藤のこと好きってくらいだから、工藤に言われれば、張り切ってやるんじゃねえ?
 高校の野球部あたりだったらまだ、そういう昭和のオヤジ的なコーチとかいたけどな。
「良太ちゃん、ちょっと」
 山根がおいでおいでをしている。
 良太は何か嫌な予感がした。
「本谷なんだけどね」
 隅の方に引っ張っていかれて、開口一番、あたりだった。
「はあ」
「うーーーーん、いっつもじゃないんだよ。いい味出してるって時もあるし、表情なんかはね、及第点なんだけどさ」
 これはほんとに何とかしなければ。
「あの子、ずっとマネージャいなくて一人だろ? なかなか話聞いてやる人もいないじゃない? そういうのも大事だからね~」
「そうですね、実は工藤にも言われてて、俺、ちょっと話してみますから」
 とは言ったものの、差し当たってこれという打開策があるわけではない。
 とぼとぼと肩を落として良太はタクシーがなかなか捕まらないので地下鉄でホテルへと向かった。
 当の本谷はホテルまで久保田と一緒のタクシーで行ったようだった。
 久保田も何か考えるところがあるのかもしれない。
 流なんぞは、それ見たことかと渋面を良太に向けていた。
 うう、責任重大じゃん!
 千雪さんに相談してみようか。
 いや、あの人、ドラマとか映画とか、自分の手を離れたらもう知らない、って人だしな。
 本谷、ホントに適当に選んだつもりはないのだが。
 千雪さんにも説明した通り、あの人、最近CMにも何本か出てるし、テレビに映ってる可能性が高いし、何より、先だってのドラマ『田園』でもいい感じで仕上がっていたのだ。
 とにかく本人と少し話しをしてみないとな~
「わ、もう七時過ぎてる」
 ホテルのフロントでカードキーをもらい、予約してある自分の部屋へとまず向かった。
 極力荷物は少なくしようと、リュック一つに最低限必要なものを入れてきた。
「はあ、ホントはもうこのままベッドにダイビングしたいとこなんだけどな」
 急いでジャージの上下に着替えると、翌日のためにスーツとワイシャツをクリーニングに出し、七時十五分頃、アスカの部屋のドアをノックした。
「お疲れさま。ご飯もう来てるよ」
 ねぎらいの言葉でアスカが出迎えてくれた。
 リビングのテーブルには和牛の陶板焼きメインの食事が用意されていた。
「お邪魔します~、うわ、美味そ! ああ、いきなり腹減ってきた」
 刺身や和え物、それから焼き物、煮物、椀物など彩り豊かに湯気がまだ立ち上る料理の数々が空腹を思い出した目を刺激する。
「食べよ食べよ。あたしも待ってるうちお腹なっちゃったわよ」
 腹が減ってる時、美味いものの前にはどんな悩みも仕事のあれこれも吹っ飛ぶのだ。
 いただきますもそこそこに、料理によく合う冷酒をやりながら、しばらくは口数も少なく良太は健啖ぶりを発揮した。
 アスカも、毎度のことながら、女優がこんなに食べてもいいのかと良太が心配するほど、一通り平らげる。
「やっぱり、夏はこれに限るわね~」
 デザートは見るも涼し気な笹の葉に包まれた水ようかんだ。
 熱いお茶を良太の湯飲みにも注いで、アスカは最後の一口まで食べきった。
「はあ、くったくった」
 オヤジも真っ青なセリフに良太は眉をひそめて、「それ、俺らくらいの前だけにしといてくださいよ」と窘める。
「けど俺も、能登以来だな、こんなしっかりご飯食べたの。高雄往復してまた烏丸行ってって、結構歩きましたからね」
「高雄、あたしも行きたい~。秋山さんがそんな余裕ないっていうんだけどさ」
「まあ、ちょっと今回は我慢してください。スケジュール結構タイトなんで、アスカさん、NBCのドラマもでしょ?」
 コメディタッチのドラマのヒロイン役で、そちらは冬の放映予定なのだが、『からくれないに』が入ったので、何日かオフも込みの余裕のスケジュールがきっちり埋まってしまった。
「まあねぇ。こっちはユキのドラマだし、流のライバルだからキャラはもろあたし本人だからいんだけどさ」
 小林千雪の原作のドラマでは、主演の大澤流のライバル的な刑事で既に同じ役で何度か出演しており、その役はまるでアスカ本人かという雰囲気なのだ。
 ああ、あれはアスカさんモデルで書いたしな。
 当て書きというわけではないのだが、千雪もそう言っているように本人がやればそのままでOKくらいな役だった。

 


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