嘉月11

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 オフィスに戻ると、既に鈴木さんは退社した後で、誰もいないのだろうと思って自分のデスクに向かったその時。
 ソファの端から降りている足が視界の端に入った。
「え、何だ?」
 思わず振り返ると、工藤が横になっていた。
「工藤さん? どうしたんです?」
「……何だ? ああ、ちょっと寝てた」
 そう言って工藤は身体を起こした。
「びっくりしたあ。脅かさないでくださいよ。小林千雪ワールドかと思ったじゃないですか」
「腹が減ったな」
 匠からかなり疲れているはずだと聞かされていた良太は、「出前取りましょうよ、お正月だし、お鮨特上!」と言ってみた。
「そうだな。出かけるのもたるいしな」
 工藤の口からそんな言葉が出るとは思ってもいなかった。
「いいタイミングで千雪さんからお酒いただきましたから、早速開けましょう」
 鮨が届くと、窓際のソファセットのテーブルに、良太は鮨とグラスを並べ、酒の箱を開いた。
「熱燗にしますか?」
「いや、いい」
 良太がグラスに酒を注ぐと、工藤がグラスを掲げ、「おめでとう」と言った。
「おめでとうございます」
 工藤に合わせて良太もグラスを掲げた。
 そう言えば今年に入って初めての一緒の食事だ、と良太は気が付いた。
 オフィスで二人で食事というのも、悪くはないかもしれない。
「さっきの千雪さんと京助さん、何だったんでしょうね」
「いつもの戯言だ」
 良太はちょっと噴いた。
「あ、例の、紫紀さんからのミッション、沢村の件、今日のうちにたったか進みました。紫紀さん、結構焦ってたみたいで、ほんとは去年、アディノのCMが流れた頃から、東洋グループの今年のCMに沢村を起用しようという企画が既に動き始めてたみたいで」
 工藤が顔を上げて良太を見た。
「それが実は、去年のうちに代理店を通して二件、オファーがあったみたいなんですが、どうもそれにNOって言ってたの俺だったみたいなんですよね」
 ハハハと、良太は笑う。
「どういうことだ?」
 良太は事の顛末をかいつまんで説明した。
「沢村のヤツ、CMなんかもう出るつもりはないとか言ってたし、いや、佐々木さんが担当じゃなきゃってのがもれなくつくんですけど。それで俺も仕事てんぱってたし、佐々木さんもいっぱいいっぱいで、直ちゃんも心配してたくらいで、クライアントがどこかとか多分聞く前に断ってたみたいで」
「それでお前に、紫紀さん直々に言ってきたってわけか」
「ええ、紫紀さんも俺が沢村の窓口やってるって、やっと代理店から聞き出したとかって」
 工藤はフッと笑う。
「沢村と佐々木さんと藤堂さん、今日のうちにOKもらったんで、あとは早速アポ取って顔合わせってことで、明日直ちゃんに佐々木さんのスケジュール確認して紫紀さんに知らせれば」
「佐々木さんの体調次第だな」
 これだよ。
 佐々木さんのことになると、工藤、えらく心配性になってないか?
「まあ、そうですよね」
 撮影のことなど、良太が聞いて、工藤がポツリポツリと話す感じで、そのうち鮨も酒も七二〇ミリリットルのボトルではすぐになくなった。
 良太はテーブルの上を片付けて、鮨の器をキッチンでざっとゆすぐとドアの外に出し、「お茶、飲みますか?」と聞いた。
「いや、上へあがる。お前もいいぞ、ネコが待ってるだろ」
「はあ」
 グラスだけ洗うと、良太はオフィスの電源を落とし、施錠して部屋へ上がった。

 


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