「まさか買うわけないだろ。借りたんだよ。選んだのは俺だけど」
アウトストラーダを制限速度百三十キロギリギリのスピードで走りながら、高津の質問に藤堂は答える。
「そうっすよね、いくら藤堂さんでもこんな車すんなりと……」
「河崎のやつ、車とかファッション、芸術とかまったく執着しないやつなんだ。せっかくフィレンツェに家を買うっていうから、車を俺が選んでやったんだ」
「へ……っていうと、やっぱこれ、買ったもん……フィレンツェに家…?」
げ、河崎の車かよ、と悠は内心思う。
それに、たまたま買ったのは河崎だっただけ、という気もする。
途中ローカル線に入り、二時間あまりで車はフィレンツェに行く前に寄ることになっていたアッシジに着いた。
サンフランチェスコ寺院でジョットーの壁画を目の当たりにした悠は、感動しまくった。
ティッツィアーナも広がる田園風景に感激して、高津は言葉が通じないながらすっかり彼女と意気投合したらしい。
片言のイタリア語を交えたボディランゲージで、彼女を笑わせている。
ここなら迷いようもないだろう、と藤堂は絵の前でたたずむ悠を遠くから見つめていた。
食事を済ませてからフィレンツェに入ったのは、夜になってからだ。
ティッツィアーナをホテルに送り届けると、藤堂は河崎の持ち家に向かうが一緒にこないか、と二人を誘った。
お言葉に甘えて、と言いかけた高津を遮って、悠は断固としてホテルにいく、と主張した。
「じゃあ、明日はウフィッツィへ行こう」
そう言ってフェラーリで去っていく藤堂を見送って、「どこが仕事だよ」と高津は笑う。
「いいのか? 彼女と藤堂、どうかなっちまっても」
「うるさいな、ティッツィアーナはホテルで降ろしただろ」
狭いツインの部屋だが学生が泊まるには十分すぎる贅沢さである。
ここには風呂もついていた。
悠は窓を開けた。
古い何百年も前の、レオナルドやボッティチェリがいた頃と同じ空気が流れ込んできた気がして、悠はちょっと身体を震わせる。
「いよいよウフィツィか! 今度こそ、しっかり見てやる」
高津は宣言し、悠もうなずいた。
ウフィッツィには見たいものが沢山あった。
ティッツィアーナも一緒に四人で見ていくのだが、悠にはどの部屋も見ても見ても見たりない気がした。
悠はひとりボッティチェリの部屋を何回か訪れた。
『春』は画集や画像でこれでもかというほどみてきたものだ。
それでもほんものを前にすると言葉を失ってしまう。
時間が経つごとに、画面の表情は変化していくかに思われた。
「中央の美女はシモネッタ、左のマーキュリーはジュリアーノがモデルだと言われている。二人は当時、周りから祝福された恋人同士だった」
藤堂がティッツィアーナや高津を前に語った。
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