花びらの囁き17

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「だが、悲劇が二人を引き裂いた。パッツィ家によるメディチ家の暗殺というね。ジュリアーノも逃れられなかった。のちに捉えられたパッツィ家の暗殺者の処刑シーンをレオナルドがスケッチしたというのは有名な話だよね」
「藤堂さん、うちの美術史のセンセよりかわかりやすい解説」
 高津は感心して頷いた。
「おっと、そうか、その手があったねー。悠ちゃんがもう一年学生をやるってのなら、美術史の講師ってのも考えてもよかったんだが」
 高津に相も変らぬ本気か冗談かわからないセリフを返した藤堂は、悠ちゃん、と口にしそうになってはっと悠を見やる。
 絵を見つめる悠の目から涙が零れ落ちた。
 おそらく悠の涙腺に働きかけたのは、ジュリアーノの悲劇でも有名な絵を見られた感激でもないだろう。
 ボッティチェリの色が形が、絵の全てが純粋に彼の内なる琴線を揺らしているのだ。
 悠がエキセントリックに見えてどこかに繊細すぎる何かを潜ませていることを、藤堂は気づいていた。
 それは、ひょっとすると初めて彼の絵を見た時に既に漠然とわかっていたのかもしれない。
 生い立ちも行動も言動も何もかも度外視した悠という一つの存在を、どうにかして受け止めたいと、藤堂も思っていたのかもしれない。
 藤堂は悠の傍で何も語らず、じっと彼を見ていた。
 高津とティッツィアーナは他の部屋に行ってしまったようだ。
 ようやく悠の指が動く。
「悠………」
「花びらが……………」
「花びら……?」
 こっくりとうなずく悠は言った。
「花びらが囁くんだ………」
 藤堂は再び絵に視線を戻す。
 それからしばらく悠の肩を抱きしめたまま、じっと絵を見ていたが、おもむろに悠を促すと、ゆっくりと美術館を出た。
 
  
 

 
 
 ミケランジェロ広場の向かい側、フィエゾレの高台に、河崎が買った屋敷があった。
 それは以前イタリアに留学していた浩輔がまたいつでもフィレンツェにこられるようにと確保したものだ。
 要は、どこか知らないところに浩輔がまた行ってしまわないようにということだろうが、浩輔は今河崎のお守り役に徹していて、そんなことは露ほども考えないだろう。
 仕事で来る機会はあるが、いつもはサービスの行き届いたホテルでの滞在で、イタリアの古い時間に浸るようなことはあったためしがない。
 だが、この古い石の屋敷は古代の匂いがして、時間の流れを止めたがっている。
「いいんだよ、無理に止めなくても」
 藤堂の腕の中で悠はまた涙をこぼし、しゃくりあげる。

 


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