霞に月の38

back  next  top  Novels


「あ、俺は、他に予定ないので大丈夫です」
 良太はさり気なく答えた。
「しかし何だ? 異業種交流会とか」
「はあ、でもほんとにいろんな業種の人が集まるみたいで、ほら、来週から『コリドー通りで』放映じゃないですか。秋には『大いなる旅人』も封切りだし、何かしら仕事にプラスになることもあるかも知れないですよ」
 いかにもな良太の答えにも何やらまだ納得がいかないような顔で、工藤は、夜はまた美聖堂の斎藤に呼ばれて出かけて行った。
「工藤さん、間に合うた?」
 その夜、千雪から連絡が入った。
「はい、今夜はまたスポンサーとの飲みで出かけましたけど」
「ほな、よかったわ。そういえば、誠が研二を誘ったら、匠が参加する言うて俺ンとこ電話してきよって、また増えたわ」
「匠さんもですか。有名人多くなりましたね」
「まあ、匠は初釜にもおったし、しゃあないわな、研二のことが気になるんやろ」
 和菓子職人の黒岩研二は、辻や三田村と同じく千雪の高校の同級生だ。
 檜山匠は、彼らとは周知の仲で、かつ、以前、研二のことを好きなのだと、良太に漏らしたことがある。
 ただ、研二は千雪しか見ていないのだとも。
 そういった複雑な思いが交差する仲間だが、匠は秋に封切られる激情版『大いなる旅人』京都編に安倍晴明の末裔という役柄で出演し、異彩を放っている。
 プロモーション映像がネットに流れた途端、すごい勢いで拡散し、あれは誰だという問い合わせが、会社にも何度かあった。
 というわけで、撮影当時とは比べ物にならないくらい檜山匠の顔は巷に知れわたっているのだ。
「おまけに俺の編集担当の多部さんが来るとか言い出すし」
「え? 確か講英社の人ですよね? マスコミ関係者なんか入れて大丈夫なんですか?」
 良太は心配になって聞いた。
「ああ、あの人、文芸やし、俺の担当で俺のこと知っててもそこはきっちりしよるから大丈夫やろけど。京助のやつが、多部さんと打ち合わせの最中に、交流会の話なんかするもんやから」
 途端千雪の声が怒りを纏う。
「まあ、多部さん、もとは工藤さんからの紹介やからなあ」
「あ、そうだったんですか?」
 何だか、工藤と千雪の間には良太の知らない何かがまだいろいろありそうな気がする。
 確かに、良太よりずっと以前からの旧知の仲なわけだから当然と言えば当然だが、未だにそんなことにさえ千雪に対してやっかみを持ってしまう自分を良太は嗤った。

 


back  next  top  Novels