「はい、やっぱ、あかんかった? 直ちゃん」
「トモです」
てっきり直子だと思って取った受話器の向こうから聞こえてきた声に、佐々木は絶句する。
「今晩、会えませんか?」
低い、静かな声だった。
おいおい、こんだけ電話無視されたら、会いたくないんやと思うやろ、普通。
心の中でそんな悪態をつきながらも、その一言を聞いただけで無条件に嬉しいと思っている自分に佐々木は苦笑する。
「申し訳ない。今夜は予定が入ったので」
「じゃあ、明日は?」
「もうずっと仕事で………」
言いかけて佐々木は、いや、と続けた。
「この辺りでもうゲームオーバーにしましょう、沢村さん」
「やっぱり、俺のことわかったから、電話無視してた?」
「………とにかく、もうやめや。ほな……」
「俺が誰だろうと関係ないだろ? あんたとは素のままの俺でいられたから、そんなこと言わなくてもいいと思ってたんだ」
電話を切ろうとする佐々木に、沢村は言い募る。
「俺が嫌になるまでって、言うたやん? 好きな相手に振られて、お互いを身代わりにして、お陰で立ち直れた気ぃする。トモのお陰や。おおきに」
佐々木は精一杯の虚勢で言い返す。
「身代わりなんかじゃない!」
その言葉は佐々木の心を震わせた。
とっくに佐々木の中でもトモの存在は何者にも代えがたいものになっていたことに気づいていた。
それでも、あかんのや……俳優とか芸能人やったら、まだ、そんな噂あるらしいですむかしれん。
けど、どっかの国で同姓婚が認められようが、マイノリティ差別やめよう運動がさかんになろうが、日本を代表するスラッガーが男とどうたらやなんて、しゃれにもならんやろ。
「俺はあんたを……」
「沢村さん、こんなゲームこれ以上続けたかて、ええことないし。俺は今、仕事独立して始まったばっかや。しかもマスコミに注目されかけてるし。それが男同士で遊んでるみたいなんかぎつけられたら、やばいやん。それは沢村さんの方が問題やろ?」
佐々木はトモにこれ以上言わせたくなくて、矢継ぎ早に言葉を続けた。
「佐々木さんに迷惑はかけない。マスコミなんかかぎつけられないようにするし、第一、俺はゲームだと思ったことなんか一度もない!」
電話の向こうで沢村が声を張り上げた。
「それは無理やろ? 世の中のことあんまりよう知らん俺も、さすがに沢村さんの名前くらいは知ってるで。人気者の野球選手がおかしな噂立てられたらどないすんのや、アホやな」
「そんなものクソクラエだ」
「大人の言うことやないで、沢村さん」
「そんなに野球やってることが佐々木さんにとって邪魔なら、いつでも野球なんかやめてやる!」
暴言を吐く沢村に、佐々木はため息を吐いた。
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