霞に月の103

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「昨日みたいなことってよくあるわけ? まあ、良太ちゃんを危険にさらしたくないって気持ちはわからないでもないわよ」
 腕組みをしながら香坂は続けた。
「でもさ、だからって、良太ちゃんの気持ちをおろそかにしたらあかんでしょう、って千雪ちゃんのお言葉」
 ふっと笑いながら工藤は息を吐く。
「千雪なんかと結託するな。まったくお前は昔と変わらないな。掃除をさぼって逃げ出そうとした男どもの首根っこ捕まえて跪かせて説教垂れるお前、鬼軍曹って呼ばれてたんだぞ」
 工藤はそんなことを不意に思い出した。
 度胸もあり、陽気で楽しい太陽のような存在で周りから慕われていた。
 世の中を斜めに見る癖がついて人と群れることを嫌っていた工藤にも分け隔てなく声をかけていた、工藤にとってはどちらかというと戦友的な感覚だ。
「うるさいわね。そんなことばっか覚えてて。そういえば、高広の会社の子でしょ? モリー? あの子と仲間ってひょっとして軍上がり? 動きがミリタリーだったわよ」
「あの状況でよく見てたな。森村は日系三世で元シールズだ。他は軍なんか関係ないが警備とかの仕事も請け負っているらしい」
「フーン、ま、そんなのが傍にいるんだし、あんな連中に恐れをなして、自分や大事な人をおそろかにしちゃだめよ」
「わかったから、もうその辺で勘弁しろ」
 工藤の気分がよかろうが悪かろうが有り難いかどうかは別にして幸か不幸か仕事はきりもなく舞い込んでくる。
 工藤はありがたいお説教をしてくれた香坂をまた大学まで送るといつもの苦み走った表情に戻り、ネットプライムのオリジナルドラマの打ち合わせへと向かった。

  

「そろそろお茶にしましょうね。いただいたどら焼きがあるのよ」
 乃木坂のオフィスでは、ぐんっと腕を伸ばして強張っていた身体を解した良太を見て、鈴木さんが立ち上がった。
 窓の外を見上げると、昨日の雨とは打って変わって澄んだ青空が東京を見下ろしている。
 ここ数日たて続けにドキュメンタリーの撮影に立ち会っていた良太は、朝からオフィスで書類作成に精を出していたが、一段落してプリントアウトのボタンをクリックすると、「どら焼き、うれしい!」と笑顔になった。
 今日は森村も休みである。
 良太がドキュメンタリーに掛かりきっているので、『コリドー通りで』の撮影に数日立ち会っていた上、例の事件で駆り出され、はっきりいってバイトの仕事を超えていた。
 撮影現場の仕事も楽しんで体を動かしているようだが、加藤らと組んで組関係の連中をほぼ一網打尽にした森村はむしろそっちの方が得意分野だからなどというのだが、はいそうですか、というわけにはいかない。
「ええ天気やなあ。こんにちは」
 さあ、どら焼きを食べるぞ、と口まで持っていった良太は、オフィスのドアを開けて入ってきた人物を見て動きを止める。
「千雪さん、美味しいものに対する嗅覚研ぎ澄まされてますね」
「うわ、うまそや」
 良太の手に持っている大きなどら焼きを千雪はじっと見つめた。
「はいはい、千雪さんもどうぞ。今お茶入れますね」
 鈴木さんは笑いながらキッチンへ立った。

 


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