霞に月の117

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 バッカじゃないのか。
 だから香坂先生に振られんじゃないかよ!
 良太は工藤を見た。
 撮影はもうそろそろ終わりに近づいており、坂口や溝田監督と工藤との間で飲みに行く算段ができていた。
 結局宇都宮や小笠原とともに歩いて数分の坂口の行きつけの店に繰り出すことになった。
「何か久しぶりですね。飲み行くの」
 森村が言った。
 良太は工藤とどう顔を合わせたらいいかわからなかった。
 だが、このまま一緒に行かないという選択は良太の中にはなかった。
 総勢二十数名ほどの一行は店の二階にある宴会場へと通された。
 どうやら坂口は最初から飲みにいくつもりで、撮影の最中に店に話をつけていたようだ。
 いくつかのテーブルに分かれて座ったが、スタッフらは飲み始める前からテンションが高い。
 ただし、坂口や工藤、溝田のいるテーブルには、宇都宮や柿沼、それにベテランの横田らが座ったが、若い連中はこのテーブルを避けてほかのテーブルに陣取ったようだ。
 良太は森村と一緒にちょい役で出ている若手らのグループに合流したが、良太の後ろが工藤や坂口らのテーブルで、背中合わせに宇都宮が座っていた。
 乾杯の後、盛り上がったと言えば、やはり佐野と木村の話題だった。
「手が速いって噂だったし、佐野さん」
 良太の座ったテーブルでも、早速女性陣が口火を切った。
「佐野さん、うちの事務所の大先輩なんだけど、ドラマ、佐野さんと一緒って言ったら、ほかの先輩に、気を付けなよって言われた」
 OL役の杉本の言葉に反応して隣に座った女子大生役の松下が言った。
「ああ、でもちょっとなあ、木村さん、真面目そうで可愛かったのに」
 ワキで出ている中堅どころの俳優陣もその話題に乗ってくる。
「平瀬さんの方がずっとやばいって気がしてた」
「それないっしょ、松下さん」
 松下の発言に、平瀬が抗議する。
「でも俺もびっくり。おとなしそうな木村さんが佐野さんの奥さんとビシバシやりあうとか」
 松下とカップル設定の阿川が言うと、周りがそうそう、と頷いた。
「俺、てっきり木村さんって、宇都宮さんねらいだと思ってた」
 森村が言うと、「それはちょっと無理だろ」と阿川が否定する。
「いや、宇都宮さん推しくらいかなとは思ってたけど」
「推しってなんだっけ?」
 素朴な疑問を森村が呈した。
「ああ、モリー、日本来て一年くらい? 推しとかってもわかんないか」
「阿川英文だろ? 英語でなんていうんだよ」
 平瀬が聞いた。
「ああ? んなもん、わかるかよ。広瀬さん、わかります?」
 急に阿川に振られた良太は、はっと顔を上げた。
 後ろのテーブルに座っている工藤らの話に気を取られていた良太は、「え、何?」と聞き返す。
 坂口と工藤、それに溝田と宇都宮が顔を合わせると、こちらの話題は撮影のことやセリフ、演技の話になっている。
「だから、推しって、英語でなんていうかわかります?」
「推し?」
「推し活の推し」
「ああ、微妙なニュアンスだよな。熱狂的なファン? お気に入り?」
 良太が口にすると、「じゃあ、stanとかfaveとかかなあ」と森村が首を傾げる。
「男は表面的にしか見ないもんね、木村さんとか、ああ見えて実は結構役者だったり」
「かもねえ、少なくとも阿川よりは上手」
 杉本が言うと、松下が笑う。


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