「どこでも、何だったら、しゃれたバーとかでもかまわないぞ」
「いやあ、この燕でしゃれたバーとか、ないわ。なんなら近場でええし」
じゃあ、また藍屋でも行くか、と稔は、やはり何かを抱えているような気がする佐々木を連れて地下鉄で半蔵門へと向かう。
藍屋に落ち着くと、佐々木は打って変わって上機嫌で、稔に野球の話をふった。
稔は部類のプロ野球ファン、スワローズファンで、亡くなった名監督の話や、かつて日本シリーズを連続で制した時、どの選手がどう戦ったかなどと、身振り手振りで語りはじめる。
酒が入った稔の話はつきることがない。
近年スワローズは低迷しているがまたいずれ必ず蘇る、と拳を固める稔を見つめながら、佐々木はうんうんと聞いているが、そのうち酔いが回って半分も頭に入らなくなった。
サラダを食べたくらいで今は厚揚げをつついている佐々木が、手酌で日本酒を何本か開けているのに気づいた稔は、やはり佐々木がどうも危なっかしいと判断すると、またグラスに注ごうとしたボトルを取り上げる。
腕時計を見ると、八時になるかならないかだった。
「お前、やっぱ、今夜、おかしいぞ」
「んなことないって」
「帰るぞ、送ってく」
立ち上がった稔についてのそのそと店を出た佐々木は、いきなり冷たい風に吹きつけられて肩をすぼめた。
稔はそんな佐々木の手を引いて歩き始める。
「俺、ええ加減、稔さんの好意を利用してる気いするわ。稔さん、あんまし優しうしてくれても、勝手なやっちゃし、俺」
「フン、今更だろ。いいから利用しておけ」
確かに飲み過ぎて、顔だけが熱い。
風に当たってると、せっかくの良いが醒めてしまいそうだ。
ふと見上げると、風に雲が流れていた。
知らんうちに、こうやって時間も流れていくんやな。
「ほら、ついたぞ」
「おおきに」
稔は生垣の中から裏木戸を探し当てて開けると、佐々木の腕を引いたまま、離れへと歩いていく。
ところが、離れのドアの近くまで来て、稔は足を止めた。
ドアの前に立つ大柄な人影に気づいたからだ。
「そいつ、誰?」
好意的とは思えないその声に、稔が反応した。
「何だ、きさまこそ、誰だ?」
佐々木は二人の前に立ちふさがった男にしばし言葉を失った。
ゆらりと顔を上げた男が、街路灯に照らし出されると、今度は稔が驚いた。
「お前……」
思いもよらぬ状況に、佐々木は頭が真っ白になった。
「稔さん、悪い、お客なんで……、今日は色々おおきに」
かろうじて佐々木がそれだけ言うと、「あ、ああ、ほんじゃ、またな」と稔はその場を立ち去った。
しばらく二人の間に沈黙が流れた。
「こないなとこきたらあかんやろ、マスコミに何か嗅ぎつけられよったらどないすんね」
観念したように佐々木は言った。
「んなもん、どうでもいい! あいつ、誰だよ? 俺には忙しくて電話もできないとか言って、あんなやつと逢う時間はあるのかよ?」
怒気を含んだ沢村の言葉に、佐々木は言葉に詰まる。
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