好きだから68

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「近くのかかりつけの医院の先生や。こないだ、おかんが足、ケガしてな」
 佐々木はとりあえず説明した。
「お母さんが? 入院とか?」
 沢村は少し驚いて聞き返した。
「そんなんやないけど、捻挫のひどいやつで、うちでもしばらく車椅子つこてたけど、もう、ほとんどようなったから」
「そうか、大変だったな。知ってれば何か手伝うこともできたのに」
「アホいいな。そんなこと頼めるか」
 また沈黙があった。
「あいつには頼めるんだ?」
「やから、稔さんは外科医やで?」
「今日、イベントにあいつと一緒に来てたのって、それとは関係ないよな?」
 ほんとに気づいてたんか?
「遠目にも雰囲気があんまり似てたんでまさかと思ったんだ。それにあんた、気づかなかっただろ、画面にちらっと映ったんだよ」
 悪いことはできないものだと、佐々木は自分を嗤う。
「稔さん、ガキの頃からスワローズファンなんや」
「へえ?」
 沢村は鼻で笑う。
 一度もゲームを見ることもなかったのにと、暗に言っているのだろう。
「あいつがどこのファンだろうと、どうでもいいさ。でも随分親しそうだったし? 二人で飲んできた帰り? これからあんたの部屋にしけこむとこだった? 俺が邪魔しちまったってわけ?」
 嘲るような言いぐさに、佐々木はカッとなって思わず拳を握りしめた。
「ちが………」
 違う、そうじゃない、と言おうとして口を噤む。
 いきなり現れるよって、我を忘れるとこやった。
 別れを言おうと思うとったんやった。
「……稔さんは、ガキの頃からの幼馴染で、この春に海外から帰ってきたんや。たまたまおかんを連れてったらいてはって、何年振りかで会うたんや」
「へえ、それでもりあがったってわけ?」
 沢村は茶化すように言った。
「……重いんや」
 佐々木はようやく絞り出すように言った。
「え?」
「やから、重いんや。ちょっと会うためだけに、何や工作せんとあかんとか、嗅ぎつけられんようにこそこそせなあかんとか、ええ加減疲れる。そんなん、重いんや、俺には」
「そんなもんどうでもいい! 嗅ぎまわってるやつらには勝手にやらせとけばいい。俺だってこそこそしたくなんかねえよ!」
 沢村は激昂する。
「そんなわけにいかんことはわかっとるやろ? プロスポーツの人気選手なんやで? ファンとかサポーターとか、球団とか、裏切るようなマネ!」
「裏切るって、プライバシーと仕事は関係ない!」
「理想はそうでも、今の日本では通用せえへん。理論上はいくらでもきれいごと言うてもな」
「だったらいくらでも野球なんかやめてやる!」
 ふう、と佐々木は大きく息をつく。
「それが重い言うてるんや。俺のせいでお前が野球辞めるとか、この先そんなん背負った人生とか、ごめんや!」
「……さっきの男となら、軽く付き合えるって?」
「その通りや」
 佐々木は沢村を睨みつけた。
「わかったら、もう、帰ってくれ」
「待てよ!……俺は……!」
 沢村は佐々木の肩を掴んだ。
 佐々木はそれを振り払う。
「………よくわかったよ」
 冷ややかな言葉を残して沢村は踵を返した。
 佐々木はドアを開けて入ると、全てをシャットアウトするように鍵をかけた。
 遅かれ早かれ、この時は訪れたのだと、佐々木が頭の中で呟くまで、どのくらい時間を要したか。
 これでもう終わったのだ。
 これでもう沢村と会うこともないだろう。

 


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