「いや、実は、昨日の追いコンの動画が既に出回ってて」
「は?」
思いもよらぬ話に響は対処ができない。
そんな響に、井原は恐る恐る携帯の動画を見せた。
「なんかすごい勢いで広まってて、これ、元気も相当怒ってそうな気がする」
既にハートマークには二千を超える数字が、それも見る間に増えていく。
「だよな、元気、ただでさえ目立ちたくないって、変装までしてたのに」
「何、変装って」
響のセリフに今度は井原が反応する。
「なんか色々わけアリみたいなんだけど、元気がロックバンドの『GENKI』のライブに非常勤で呼ばれる時は、元気ってわからないようにって条件つけてるらしい」
「変装って?」
「ベネチアンマスク、つけたりとか」
「何だよ、それって、余計、興味そそるやつじゃん」
井原は苦笑する。
「元気が言うには、事務所の社長とかがやり手なんだって」
響は聞きかじった紀子の話などを思い出しながら言った。
「フーン」
井原はちょっと考えるような素振りを見せたが、「ま、とにかく元気は怒らせないようにしないとな。あいつ、本気で怒ると怖いから」などと言う。
「え、そうなのか?」
響はいつも冷静そうな元気の怒るところは想像できなかった。
「響さんには怒らないよ、あいつ。でも、江藤先生のマリッジパーティだから、絶対うまくやらないと。やっぱ先生には幸せになってもらいたいし」
「江藤先生って秀喜もだろ」
「あいつはついで」
真面目な顔で言う井原に、響は笑った。
井原が響を帰したくないばかりにグズグズしていたので、慌てて車に乗った時はもう三時半過ぎていた。
「やっぱ車、やっすい中古でいいから調達しないとな」
どうしても田舎では車がないと、動きたいときに動けないのを響は痛感していた。
「じゃあ、来週の土曜あたり、探してみますか。俺、あちこち当たってみますよ」
「うん。よろしく」
「そういえば前の車ってどこで買ったんです?」
「ああ、あれ、田村先生に講師とか頼まれた時、こっちだと車がないと不便だろうって、紹介してくれた中古屋で。一応そこも聞いてみたけど、やっすいのなんかなかなかなくて」
響は、はあ、とため息を吐く。
「わかった、任せといて!」
自信ありげに言う井原を見ていると、響はこいつに任せておけば何とかなると思ってしまう。
「響さん」
和田家の離れ側に車を横付けすると井原が言った。
「え?」
シートベルトを外しながら響は返事をする。
「こないだのヤロウと俺と、どっちがよかった?」
一瞬何のことだか見当がつかなかった響だが、ややあってカアッと頬をほてらせる。
「何言ってんだよっ!」
慌てて降りようとする響の腕を掴み、「俺のがよかったですよね?」と井原はさらに問い詰める。
「バカっ!」
まだ昼間で人目もあるのに、何がこいつに任せておけば何とかなるだ、と響は自分をも叱咤した。
「また、明日っ」
響は車を降りるとまだ名残惜しそうな井原に背を向けた。
昼間で人目もあるのにと思っていたはずだった。
「響」
離れのドアを開けようとした時、背後から声がした。
「お前、あの男と付き合っているのか?」
振り返った響の目に能面のように冷たい表情をした父親の顔が見えた。
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