「まあ、な、こっちがいいもんつくりゃいいんだよ」
小笠原が言うのに、「いいからって視聴率に結びつくとは限らないけどな」と良太が返す。
「そうなんだよなーーー」
コーヒーをぐびっと飲んだ小笠原がごもっともと頷く。
電話が鳴って、応対した鈴木さんが良太を呼んだ。
「野元監督さんよ」
「へっ………」
良太は一気に我に返り、ついにきたか、と恐る恐る受話器を握る。
「あっ、あの、申し訳ありません、俺、霧弥さんに失礼なこと申し上げて」
これは必ずや霧弥が野元に良太のことで文句を言って、野元がお叱りの電話をかけてきたものだと思い込んだ良太は先に非礼を詫びた。
「ああ、昨日、霧弥に会ってくれたんだって? よかったよ、彼が引き受けてくれて。いや、さすがだな、良太ちゃん、工藤さんの一番弟子ってだけあるよ。あの超我侭な霧弥を一度でウンと言わせるとはねぇ。俺は半分以上無理だとふんでいたんだが。それでなあ、ちゃんと会ってきちんと打ち合わせをしたいって言うんだが、今夜、また連絡を入れてくれってことだ。まあ、霧弥の機嫌の虫が居所のいいうちに、よろしく頼むよ、良太ちゃん」
「はあ??」
まさしく青天の霹靂だった。
野元は用件だけ一方的に言うとちゃっちゃと切ってしまった。
「一体、どういうわけだ?」
言いたいこと言われて断ってあたりまえなのに、引き受けるだって?
何か、話がうますぎないか?
「KIRIYAに何か頼んだのか? お前、あんな性悪なヤツ、やめとけって」
受話器を下ろしたまましばし呆然と首を傾げる良太に小笠原が言った。
「いや、それが、野元監督の指示でKIRIYAじゃないとって言うし……それがさ……実は…」
良太が霧弥に会ったことをかいつまんで話すと小笠原はゲラゲラ笑い飛ばした。
「こいつあいいや! 良太、やったな! 天下のKIRIYAサマにそんな啖呵切ったやつあ、お前くらいだろ! いやあ、参ったなこりゃ、さすが良太ちゃん!」
「勝手にバカにしてろよ! つい短気起こして口走っちまって、工藤にどやされるし、あんないけ好かないヤロウでも仕方ないから日参して頭下げるかと覚悟してたんだよっ」
なのに、あっさり引き受けるなんて。
「うーん、コリャなんかやつ、企んでやがるかもな。良太、気をつけろよ」
小笠原に脅されるまでもなく、『しっぺ返しを食らう』のは自分かもしれない。
今夜連絡しろ、といわれて何時ともわからぬまま、外回りから戻って電話の前に座り、折をみてホテルに電話をすること数回。
やっと十一時過ぎにつかまった霧弥はのたまった。
「小林千雪と京都で打ち合わせをするから、セッティングしろ」
一瞬また良太の頭の中が真っ白になった。
「小林先生と、京都で、打ち合わせ………」
気を取り直して、霧弥の言ったことを復唱してみる。
「俺は来週の木曜にはニューヨークに帰る。空いているのは土曜の午後と月曜の夜だ。いいか、ダチと飲む約束を反故にしてまで俺様が、時間を作ってやってやろうってんだ、返事は明日。それ以上は待たない」
「え、ちょ、ちょっと待ってください、打ち合わせをするのに何で京都までわざわざ…それに小林先生のご都合も……」
「んなもん、都合なんか作らせろよ。原作は京都が舞台なんだ、京都に行かなくて、作者に会わないで、音なんかつかめると思ってるのか? こっちはお前の進言通り原作を読んでやったんだ。アーティストがうまく仕事ができるようにきっちりお膳立てするのがお前の仕事だろ?」
「は、はあ……」
これには良太も何も言い返せない。
「会ってどんなヤロウかちゃんと判断してやろうってんだ。ああ、俺の気が乗るようにセッティングしろよな。お前の腕のみせどころってか? できなきゃ、この話は終わりだ。わかったか?」
「わかりました。何とかします。よろしくお願いします」
携帯番号を教えろというので教え、最後は意地でそう言い切って、良太は受話器を降ろす。
何でこうもみんな俺に無理難題ふっかけるんだよっ!
意地悪くニヤリと笑う霧弥の顔が浮かんできて、また拳に力が入る。
悠長なことは言ってられない。
早速千雪に連絡を取ろうとまた受話器を取った。
世の中、心地よい初夏の風に吹かれて浮かれている、そんな夜の月は、難題を抱えた良太を見下ろして妙に青く輝いているのだった。
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