ほんの少し届かない20

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 時計はそろそろ今日の終わりを告げようとしている。
 工藤には食事を取れと言ったものの、目まぐるしさにほとんど乾杯の時のシャンパンを口にしただけだった良太は、急に空腹を感じた。
「カップ麺あったかな~」
 空調を落とし、灯りを消してレセプションルームの鍵をかける。
 自分の部屋に辿り着いた良太は、疲労困憊の頭でまとわりついてくるナータンの世話をやき、スーツを脱ぎ捨ててベッドに倒れこんだ。
「う~~、腹、減った………」
 呟きながらもどっと押し寄せた疲労感に瞼が自然と落ちる。
 どのくらいそうしていたろうか、唐突に鳴り響く『ワルキューレの騎行』に良太は飛び起きた。
「はい、お疲れ様です! ええ、万事滞りなく終わりました。工藤さんの方は?」
「忘年会は終わったが、これからもう一軒つきあう。明日は午後イチでオフィスに寄る」
 それを聞いた途端、良太はトーンダウンする。
「そうですか。俺、昼から『知床』の編集でスタジオ入って、そのあと『パワスポ』の打ち合わせの予定です」
「そうか、何かあったら、携帯に入れろ」
「わかりました。あの、何度も言うようですけど、ちゃんと食べてくださいよ」
「わかったわかった」
 ブチッ。
 相変わらずそっけなく携帯は切られた。
「なんだかなぁ」
 そうだった、カップ麺を食べるんだった、と良太が何度目かのため息とともに立ち上がったちょうどその頃、工藤は老舗の大手化粧品会社『美聖堂』の社長斎藤と銀座にある会員制クラブになだれ込んできたところだった。
「良太ちゃん? こっちに呼べばいいのに」
「今夜はうちの忘年会だったんだ」
 隣でグラスを傾けているのは工藤ともども忘年会に呼び出された山内ひとみだった。
 斎藤と工藤、そしてひとみとはもう十年程前からのつきあいになる。
 工藤がプロデュースしたドラマにひとみが主演し、その際、工藤が『美聖堂』に足しげく通い、スポンサー契約を結んだ。
 そのドラマが当たって、社長の斎藤直々にひとみと一緒にゴルフに誘われて以来、何かと言うと呼び出される。
 これが昔気質のワンマンなところのある社長で、気に入られると気前よくどーんと協力してくれるのはいいのだが、何かにつけてとにかく引っ張りまわされる。
 工藤もひとみも斎藤を嫌いではないものの、今まで仕事にかこつけてそれを極力かわしてきたのだ。
「あらあ、じゃあ、良太ちゃんに何もかも押しつけちゃったわけ?」
「うちに人員がいないのは知ってるだろうが。俺は戻るつもりでいたんだ」
 工藤は苦々しげにグラスを傾ける。
「まあねえ、アスカのCM当たっちゃって、社長、ホクホクなのよ。次のクールのドラマ、美聖堂メインなんだし、しょうがないわねぇ、とことんつきあってあげなさいよ。寂しいのよ、きっと社長、一人娘を嫁がせちゃって、高広のこと自分の息子みたいに思ってんじゃない?」
「バカ言え」
「そういえば、アスカの母親なんてよしてよね、キャスティング、叔母でいいわ、叔母で」
「脚本変えるつもりか?」
「あら、そのくらい高広がいつもやってることないじゃない」
 工藤はまた眉をひそめた。
 確かにひとみを主役のアスカの母親にするにはちょっと可哀相な気もするが、また気難しい脚本家にそれを進言するのは気が重い。
 


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