笑顔をください26

back  next  top  Novels


 勝浩が教室のドアを開けると、放課後の教室にぽつねんと一人、大きな体をかがめて七海が机に向かっていた。
「藤原、居残りだっけ? 政経?」
 七海の手元のレポート用紙は真っ白なままだ。
「ああ…」
 七海は間延びした返事を勝浩に返す。
「政経の岡田、食えないジジイだからな。藤原ここんとこ、ぼんやりしっぱなしだし」
「悪ぃ…」
 ヘヘへと笑う、お人よしのその笑顔は前にも増して頼りない。
「藤原さあ、もっと堂々としてれば? せっかくカッコいいのに」
「はは…俺なんて…」
 勝浩にきっぱりとそんなことを言われても、志央のことでもう打ちのめされるだけ打ちのめされ、溜息混じりにごにょごにょ言う言葉も益々小さくなる。
 英語のリーダーとリスニング以外、グラマーも含めて授業はさんざん、弁当も惰性で作っているが、こんな時にも腹は減るから不思議だ。
 しかも、窓の外を見ていると、志央の姿がどこかにないか、なんて探してしまう。
 あーあー…、俺って、超メメシーやつ…。
 七海は頭を掻き毟る。
 でも、やっぱ好きなんだよなー。
 自分の感情を抑えていないと、また志央に突撃しそうになる。
 未練たらしくピンクの犬のぶら下がった携帯を机の上に置いて眺めては七海は溜息をつく。
 当の本人はこのていたらくだが、転校して一カ月以上がたち、七海がただ優しいだけのでくの坊だとはもう誰も思っていない。
 体育の時間くらいしか垣間見る機会がないにもかかわらず、その抜群のスポーツセンスや身体力の高さに、既にいろんな運動部が勧誘に動いている。
「俺、生徒会の仕事あるけど、時間があれば乗っけてってくんない? 途中まででいいから」
「あ……、ああ、いいよ」
 勝浩に言われて、ちょっとおどおどしつつも七海は頷いた。
「じゃ、携帯番号教えて。連絡入れるから」
 七海の番号を携帯に登録して教室を出た勝浩は、まったく、と呟く。
 七海はここのところまさしく生彩を欠いてる。
 やることはドジばかりなのだ。
 原因はわかっていた。
 さっきも生徒会と言っただけで、バカみたいに反応していた。
 何もかもあの城島志央のせいなんだと、怒りのオーラを背負い、勝浩は勢いよく生徒会室のドアを開けたのだが、誰もいない。
 冊子作りが済んだので松永も今日はこないだろう。
「ほんとに、あの二人ときたら、何をこそこそやってんだか。こないだも揃って出て行って結局戻ってこなかった」
 勝浩はそこにいない志央と幸也に対してブツブツ文句を言いながら、ノートパソコンを立ち上げ、総会のための決算報告書の入っているファイルを開けたが、志央たちがこないのではサインももらえない。
 暗くなってきたし、仕方なく帰ろうと生徒会室を出たところで、勝浩は誰かに腕をとられた。
「え、誰…」
 また生徒会室のドアを開かれ、勝浩は何人もの手によって中へと引き擦り込まれた。
 その頃、うす闇が迫りつつある中、二年A組の教室で適当にレポートをやり終え、ぼうっと窓からグラウンドを見ていた七海は、ふと足早に体育館に向かう二人組に気づいた。
 志央と幸也だ。
 志央さん……
 またぞろ苦いものが胸をよぎる。
 やっぱ、あの二人最初からデキてたんだな。
 それでも志央から目を離せないのが悲しい。

 


back  next  top  Novels