「私は子供だったから当時のことはよくわからなかったけど、きっと祖父が行かなくていいくらい言ったに決まってる」
千恵美が断言したところへ、珈琲とサンドイッチやピラフがテーブルに並べられた。
「また、おじいちゃんの話? ほんと千恵美、目の敵にしてるよね、おじいちゃん」
亜矢が聞きつけてこそっと笑う。
「まあ、この界隈でもいい意味じゃなく有名人だけどさ」
ケンはしかし、瑠美宛てのロウエルの手紙を読み進めるうち、思わず手に力が入っていった。
千恵美らの話が耳に入らないほど、手紙には思いがけない内容がしたためてあったのだ。
「何が書いてあったんだ?」
五通の手紙をケンが読み終えたのを見ると、純がすかさず聞いた。
「ああ、まあ、とりあえず食べてからにしよう」
ケンはひとつ大きく息をつくと、サンドイッチに手を伸ばした。
手紙の内容に少し頭の中が混乱していて、ケン自身がまずそれらを冷静に整理する必要があった。
思い付きが発端だったがルーツを確かめに来たはずだった。
岡本家では唐突な訪問だったにもかかわらず暖かく迎えてくれたし、お互いに持っていたわだかまりを取り除くこともできた。
倉本老人が自分をどう思っていようと、母の瑠美が育った家やこの街を自分の目で見ることもできた。
ケンとしては自分のルーツを確認することができたわけだ。
だが、ここにきて、それだけではない事実が浮かび上がってきた。
血筋を辿れば確かにそうなのだが………。
「それで?」
黙々とピラフを平らげた純が、コーヒーを一口飲んでから、隣のケンに向き直った。
「そう、だね。その前に、千恵美、倉本ゆうこ、という人を知っている?」
千恵美は小首を傾げた。
「ゆうこ? 裕子おば様のことかな? といっても祖父の一番下で年の離れた妹で写真でしか。嫁ぎ先で亡くなったとか、手紙に裕子おば様のことが書いてあったの? どうして瑠美伯母様が?」
「どうやら、その裕子とロウエルは、裕子がニューヨークに留学している時に知り合ったらしい」
「えええ??」
千恵美は思わず声を上げた。
「ほんと? ってもしかして恋人とかだったり?」
「いや、この内容からすると、そうだったみたいだ」
まさかだった。
裕子という女性とロウエルは結婚の約束までしていたようだ。
だが、父親が危篤だという知らせで裕子は日本に帰ったきり戻らず、何度か手紙を出したが返事もなく、ロウエルは彼女が心変わりしたのだろうと思っていた。
ところが、偶然にもロウエルから裕子宛ての手紙を亡くなった母親の手文庫から見つけた瑠美は、甚之助に問い詰めたところ、父親が危篤というのは裕子を帰国させるための嘘で、アメリカ人と結婚など以ての外だと、甚之助の父は裕子を勝手に決めた相手と結婚させたという。
泣く泣く嫁がされた義妹を祖母は不憫に思ったのか、ロウエルからの手紙を取っておいてくれたのだろう。
瑠美は父の話を聞いて憤り、ロウエルに宛てて手紙を書いた。
だが、当の裕子は嫁いで一年もたたないうちに病気で亡くなっていたのだから、ロウエルは悲痛だったようだ。
それから何度か瑠美とロウエルは手紙をやり取りし、日付が一番新しい手紙には、結婚してアメリカに行くから、その時に裕子の形見などを持っていくと書かれていた。
「え、じゃあ、ロウエルさんは瑠美伯母様の子供と知ってケンを引き取ったってこと?」
「ってより、お前のじいさんとその上のじいさん、とんでもねぇ極道じゃね?」
純は自分のことのように悔しがってテーブルを叩いた。
ロウエルはケンに何も言わなかった。
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