『田園』の撮影は順調に進んでいた。
本谷と竹野の絡みはあれ以来ほぼないし、竹野も何となく棘を出さなくなっているようだと、良太はアスカからも伝え聞いていた。
『パワスポ』の会議の帰り、三日ぶりに良太がスタジオに寄ると、ちょうど病院内のシーンの撮影で、本谷がミスをしてアスカが本谷をいじる、というところだった。
このドラマでは、ひとみは主人公の妻であり、美人の外科医できついが明るい、というまるでひとみの性格そのもののような役どころだ。
ただ、病院長の娘であり、夫にはいずれ院長としてしっかりやってもらいたいと思っているのだが、夫は外科医としては優秀でも、経営には向いていないだろう性格もよくわかっていて、夫に向かってそこが悩みのタネだというようなセリフがある。
子供はいないが、結婚して十年目、仲がいい理想的な夫婦と周囲から見られているものの、今一つ夫に愛されている確信を持てないでいる、そんな女の顔を時折後輩役のアスカに見せる。
そういった二人の微妙な心の危うさをもった掛け合いは、良太もさすがと言わざるを得ないものがあった。
こういう時はアスカさん、すごいって思うんだけどな。
「広瀬さん、お疲れ様です」
ぼんやり二人のやり取りのシーンを見ていた良太は、後ろから声をかけられて振り返ると、本谷が立っていた。
「あ、お疲れ様です、本谷さん」
本谷はどうやらプライベートでもどちらかというと真面目で、営業マンだったというだけあって礼儀正しい好青年らしい。
俳優だと目立ちたがりの大澤流のようなオラつくタイプは多いが、逆に物静かで演技になると人が変わったように役に憑依するというタイプもあり、どちらかというと本谷は後者だ。
確かにまだスタートを切って間もないところにいるわけだが、性格が百八十度変わるようなことはないだろう。
「どうですか? 撮影は」
良太はありきたりな言葉を口にした。
「ええ、あれから、広瀬さんが色々その言ってくださったお陰で、竹野さんのあたりもそんなにきつくなくなりましたし、俺もあまり硬くならないように、肩の力を抜いてやってます。ヘタクソなのは仕方ないですし」
本谷は苦笑いする。
「いや別に俺のお陰とか、そんなんじゃないですよ」
「ドラマにも出られてたんですよね? もう俳優はやらないんですか?」
また、その話か、と良太は息をつく。
「いやそれ、ほんと、もう、代役で、それも間違って出ちゃいました、ってやつだから」
「でも坂口さんが、惜しいなとかって」
また坂口さんか。
あの人、口にして実現させようみたいに思ってるんじゃないだろうな。
「坂口さんのは半分嘘八百だから、気にしないでください。それよりすみません、もう一つのドラマの方、無理にお願いしてしまって。急な話だし、スケジュールタイトになっちゃって」
良太はさらりと話題を変えた。
「ああ、それ、うちの社長も質のいいドラマだから、ありがたいと思って頑張りなさいって」
「それはありがたいです、こちらとしても。原作も結構好きなんですよ」
「すみません、俺まだ原作読んでなくて」
やっぱ、バカ正直だ、本谷は。
「いや、撮影までに読んでいただければ。今はこちらの撮影に集中してください。あ、それで近々、打ち合わせの予定ですので、また連絡させてもらいます」
そんなことをぼそぼそと二人で話していると、「何、二人でこそこそ!」と後ろを通りかかった竹野が言った。
「わかった、あたしの悪口言ってるんでしょ?」
少しだけまた本谷の表情が強張った。
「言ってませんよ。言うんなら面と向かって言いますから」
良太が言い返すと、竹野はハハハと笑って控室に向かった。
竹野の姿が消えると、本谷が「やっぱ広瀬さんって、すごい」と言う。
「へ?」
「あの竹野さんに、ビシバシ言ってるって、周りでもこないだから広瀬さんのことすごいって話になってました」
今度は良太がハハハと空笑いをする。
「いやそれ、俺のは、虎の威をかるキツネってやつですから。鬼の工藤がいてこそってやつ?」
良太はまた本谷の表情を見て、あ、また余計なこと言っちまった、と思ったところで後の祭りだ。
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