「俺ががーがー言ったから、まさか、お前、もうドラマなんかやりません、とかってんじゃないだろうな? いいか、あの時は、もう暑くて死にそうで、撮影はタイトだし、ついつい文句が出ただけってか、それに何かお前妨害工作されてたって聞いたぞ?」
何だか必死に弁解してくる大澤に良太は苦笑せざるを得ない。
「いやほんと、今は制作の仕事が面白いんで。二度と俳優なんかやりませんってか、俺にはそういう技量はないし」
「俳優なんかってお前、やっぱ根に持ってんじゃん。あれからあちこちの監督とか脚本家がお前を探してたって話だぞ。技量がないわけないだろうがよ」
「本谷さんは、ちゃんとそういう技量がある人ですから、心配ないです。工藤のお墨付きですから」
尚も食い下がる大澤に、良太はつい、そんなことを口にした。
「工藤のお墨付き? あいつを買ってて、この役に抜擢したってか?」
そう言われて良太はちょっと言葉に詰まる。
「いや、なんてか、工藤の場合、あんまり怒鳴り散らさなくなったら、その人を認めたってことなんだと。本谷さん、これから成長していくんじゃないですか?」
「へえ」
「だから、まあ、科白はどうでも文句言わずに、演技、見てやってくださいよ、大澤さんももう実績あるんだし」
何となく消化不良気味の顔をした大澤はそこでマネージャーに呼ばれて行ってしまったが、良太は、何でこんなに本谷のことを弁解してるんだろう、と自分でも首をかしげる。
だが、今自分で言葉にしてから、工藤が本谷を俳優として成長する器だと認めたのだろうと、不意に思い知る。
工藤はダメだと思う者に対しては辛らつだが、滅多に人を褒めそやしたりしない。
ただ、認めている人間に対しては何も言わない。
現に、主に竹野と折り合いが悪いという理由であれだけキャスティングが難航しても、竹野の演技を認めているから何も言わないのだ。
俺なんか、これに商品価値がどこにある、だったもんな。
ちぇ、わかってるって、俺なんか俳優とかやるような器じゃないって。
あーあ、俺にちょっとでもそんな気配があったら、本谷みたいに、見守ってやろうとか思ってくれたのかな。
とか。
「あ、すみません、千雪さん、行きましょう」
大澤のせいで千雪をぼっと突っ立たせていたのだった。
「ああ、良太、お前、大丈夫か?」
「え、何がです?」
「何か、お前、やっぱおかしいで。疲労だけやのうて、何かあった?」
これだから、千雪は妙に鋭い。
「ありませんよ。いや、ほんと、スケジュール手一杯で、あ、でも明日能登に行くんですよ。仕事ですけどね。でも温泉で一泊するし、魚も旨そうだしちょっと楽しみなんです」
笑顔を取り繕う術をもう少し養うべきだろう。
良太は一瞬ひきつってしまった笑いを取り戻すのにてこずった。
「あの、広瀬さん」
エレベーターを待っている時に、またしても良太は声をかけられて振り返る。
広瀬なんて呼んでくれる人には礼を言いたいくらいだが。
「はい、何でしょう、本谷さん」
「また、よろしくお願いします。なんか、今度はすごく重要な役で、俺、ちょっと頑張んないとって」
うーん、やっぱりこの人は真面目で素直なんだ。
「だーいじょうぶですよ。何しろ、本谷さん、原作者のこの小林先生がお名指しされたんですから」
千雪はそこで初めて、あっと思いだしたようだ。
疲労困憊の二人でオフィスでグダグダやっていた時に、良太がテレビをつけるから、この人って指で指し示せというので、ノリでやったのだが、ほんとに良太がキャスティングしてしまったのかと。
「え、ほんとですか? あ、すみません、小林先生、申し遅れました、私、ミタエンタープライズの本谷和正と申します。今後ともどうぞよろしくお願いいたします」
一瞬、明るい笑顔を見せてから深々と頭を下げる本谷に、千雪は「はあ、よろしゅうに」と適当に返す。
エレベーターが開くととりあえず三人一緒に乗り込んだ。
「本谷さん、今日もおひとりなんですか?」
黙っているのも気まずくて、良太はたずねた。
「ええ、今日はもう帰るだけなので……。あの……」
「はい?」
「工藤さん、ずっと京都なんですね」
エアコンよりも低く、すーっと良太の中で冷えていくものがあった。
「え、ええ。もうあのオヤジと来た日には、こっちの仕事は俺に丸投げですからね。じゃ、お気をつけて」
「ありがとうございます」
一階で降りる本谷にそう声をかけると、エレベーターの閉じるボタンをすぐに押す。
「まったく、彼の演技云々言われても、俺は知らんからな。何が、原作者のお名指しや」
エレベーターで二人になると、途端千雪は文句を言った。
「ほんまに、テレビつけて、神様の言う通りみたいな………良太、聞いてんのんか?」
「え? ああ、本谷さんなら、大丈夫ですよ、きっと」
「おい、きっとて………ちょっと無責任ちゃう?」
駐車場に降りると、良太はたったか車のロックを解除し、千雪をナビシートに促した。
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