風そよぐ22

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 そんな小笠原の話を聞いてやるのも、自分の仕事のうちだとは思うのだが。
「お前、最近いい顔つきんなってきたしさ、いい仕事してるのにな。うまくいかないもんだな」
 良太はボソリと言った。
「だろー、だろー? 俺、いい俳優んなってきただろ? それがチョーあったまくるのがさ、真中のヤロー!」
 急に思い出したように小笠原が語気を荒げた。
「真中? あいつも結構真面目によくやってくれてるだろ? 何かあったのか?」
「それがさ、こっちは彼女と首の皮一枚って時に、あのヤロー、こそこそ彼女とラブラブコールなんかしやがってさ」
 良太は笑った。
「へえ、真中、彼女いるんだ?」
 真中も青山プロダクションに来たばかりの頃は、ネクラで言葉も少なく、むっつりしていて、しかも体つきは自分を棚に上げていえば、ヒョロヒョロもいいところだったと、良太は思い起こす。
 それが徐々に曲がりなりにもいっぱしのリーマンのように、スーツもそこそこいたについてきて、小笠原に引っ張りまわされながらも、最近頑張っているなあと思っていたのだ。
 何せ、良太にとってみれば、俳優陣や谷川のような中途採用者を除けば、初めての唯一の後輩なのだ。
 何かなければ入社なんかする者がない、万年人手不足の青山プロダクションに入ってきたというからには、真中にもそれなりの事情があったわけで。
「あいつ、オヤジがそういう業界がらみで亡くなって身よりなくって、しかもそういう素性だから正社員とか難しいってとこで、うちに入ってきたんだろ? 何か、島でいろいろきいたところによると、工藤がやくざだとか言ってる連中に、そうじゃねえ、これがやくざの世界だ、みてぇな世界で暮らしてたらしくてさ」
 小笠原は唾を飛ばさんばかりに力説する。
「さすがにあいつはタトゥなんか入れちゃないが、オヤジさんはバリバリのヤクザだったみてぇで、ガキの頃はアパートにもそういう連中がよく出入りしてたんだと。おふくろさんもそういう世界の人だったらしく、スナックかなんかやってたところへ、オヤジさん殺傷沙汰で、真中はそれから音信不通になったって思ってたらしいけど、実はムショにいたんだと」
 良太は真中のことは軽井沢の平造から聞き及んでいたが、そんな風にあらためて聞くと生々しい気がする。
「そのうちおふくろさん病気で倒れて亡くなったらしいが、ムショから出たオヤジさんがまた怪我して真中のとこへ転がり込んできて、結局オヤジさんも亡くなって、組のもんが葬式とかやってくれたみてぇだが、それがわざわいしてアパートを追い出されちまって」
「なんか、俺、身につまされるな、それ」
 良太は真中に同情しないではいられない。
「そんで、うちもなくなって、昔のワルとつるんでたところを、平さんに軽井沢連れていかれて、みっちりしごかれて、うちに入ったと」
「うん、それでも真中、しっかりやってるじゃん、今。それと、真中の彼女の話と何の関係が?」
「だからさ、中学高校と一緒の学校だった女子と仕事先で偶然出くわしたんだと。それも、高校の時とか、ヤクザの子供で遠巻きにされてたやつに親切にしてくれてた子なんだとさ、チクショーー!」
 そこまで言うと、小笠原は声を大にして喚く。
「何で俺と彼女がダメになって、真中はラブラブなんだよ! こんな理不尽なことあってたまるかよ!」
「こらこら、わかったから、でかい声出すと、周りが迷惑するって」
 良太はどうどうと小笠原をなだめに向かう。
「でもよかったじゃん、なーんか、真中、充実してんなぁ」
 感心したように言って良太はグラスのワインを空けた。
「お前、喜んでやれよ! 苦労してたやつが幸せになるのを邪魔すんじゃないぞ、こら!」
「フン! てめーもどうせ充実してんだろうよ、チクショ! 周りはみんなラブラブハッピーなのに、俺は!」
 それはどうかな、としばし良太は心の中で自問するが、まあまあ、とまた声が大きくなりかけた小笠原の肩をポンポンと叩く。
「そうだよな。ヤクザだから悪いとかじゃねぇ、『物事に良いも悪いもない。考え方によって良くも悪くもなる』!」
「何それ、急にハムレットしちゃって」
「だから、もう台本きちゃってさ、志村さんの後引き継ぐってわけじゃないけど。俺、もちょっと、失恋の余韻に浸ってたいんだよ、それなのにさ、わざわざ島まで小杉さんから台本宅配されてきててさ」
 それを聞くと良太もさすがに小笠原が気の毒に思われた。
「舞台の稽古、来週からだっけ?」
 筒井明彦演出の『ハムレット』は、青山プロダクション筆頭俳優である志村嘉人のライフワークだったが、このほど小笠原にもやってみないか、と志村から声をかけられ、ここのところ仕事に貪欲さを見せている小笠原は二つ返事でひきうけてしまったのだ。
 その時は。

 


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