「独り立ちして、一人前になるために、今の環境を飛び出すんじゃなかったの?」
そう言われてみると、良太はそんなようなことを口走った気がしないでもない。
俺、ここんとこ疲れてるし、酔っぱらって何を言うかわかんねぇ、怖ぇ……。
「はあ、俺、ほんと酒に飲まれてますね、最近」
良太は苦笑いして首を傾げる。
「けどさ、いいんじゃない? 会社の社員寮? なんだっけ? 今住んでるとこ。そろそろ環境を変えてみれば。ここなら部屋も余ってるし、シェアするのにはもってこいじゃない?」
「いや、……もってこいって、こんなすごい部屋、俺、とてもシェアなんて無理ですよ」
「家賃は一万円でいいって言ったよね?」
真顔で見つめる宇都宮に、良太は少したじろいだ。
「そ、それはいくら何でも……」
冗談じゃなく、人気イケメン大俳優とルームシェアとか、それこそ映画の中の話じゃあるまいし。
「俺はさ、結婚とかしそうにないし、このままこのだだっ広い部屋に一人ってより、良太ちゃんが猫ちゃん連れで来てくれると、それだけで心の平安? 部屋に帰るとするじゃない、すると誰かがいるって、結構憧れなんだよね~」
お茶目に眉を動かして、宇都宮は力説する。
「それは、でも、結婚とかは別としても、例えば、恋人と住むとか」
「いないし。振られたから」
段々、ぐいぐい迫ってくるような宇都宮の物言いに良太は何やら気圧される。
独り立ちして、一人前になるために、今の環境を飛び出すというのは、確かに最近良太が考えていたことだった。
ただ、それがこの部屋にそんな破格な家賃で置いてもらうというのは、工藤の恩情でほぼただで今の部屋に住まわせてもらっているのと変わりないことになってしまうし、何より、人気俳優である宇都宮と同居というのは、余りにも想定外の話だ。
「良太ちゃんが今の仕事に満足してやってるのなら、勧めたりしないけどね。坂口さんて口は悪いし、半分冗談かと思うようなことも言うけど、結構マジだったりするんだよ。君が以前にドラマに出ていいセンいってたとかってのもウソじゃないと思う」
またその話か、と良太は思うのだが、宇都宮からあらためてそんな風に言われると、不思議とすっと言葉が入ってくる。
だが、あの時鴻池の口車に乗って痛い目にあったことを思うと、金輪際ドラマとか俳優とかなんてできるはずもないと自分を叱咤する。
鴻池はほんとならもう二度と会いたくもない男なのだが、会社のスポンサーで工藤の恩ある先輩ということで、しかも厚顔無恥というか、良太のことなど、へとも思っていないというか、仕事でほんのたまに顔を合わせることがあるが、にこやかに笑いかけてくるそれが未だに不気味だ。
まあ、あの男は工藤に執着しているだけで、それは恋愛感情とか親愛の情とかそういうものとは微妙に違うだろうと思うのだが、工藤が一言いえばいくらでも金を出すし、こちらから頼みもしないのに、次の映画のスポンサーに立候補してくるといったそんなところだ。
これまでも見返りを求めるようなことはしないし、口を挟んでくるようなことも今のところはないのだが。
いずれにしろ鴻池と工藤のことは、良太には何の関係もないことなので、良太も何も言わないでいる。
結局のところ工藤のことをあれこれ心配したところで、俺には関係ない、だもんな。
「もちろん、工藤さんは、良太ちゃんにとって、大恩ある社長さんなんだろうけど、工藤さんがさ、君に見い出せなかったものを、誰か別の人間だったら見い出せたりするかもって」
良太は視線を宙に走らせ、宇都宮の言葉が心の中に刺さるのを感じた。
工藤が俺に見い出せなかったもの………。
「夕べ本谷くんのこと話してたよね。出るたびに輝きが増してるって、良太ちゃんも。ひとみさんも時々ハッとするような風情を感じることがあるって」
本谷の名前が出てくると良太の中でまたせめぎあう感情があった。
「工藤さんも彼のこと気にかけてるみたいで、こないだの飲み会の時も熱心に励ましてたよ」
良太は宇都宮を見つめた。
工藤が……本谷のことを気にかけて………やっぱね………
身体中の血液がざあーっと急激に下降しているような気がした。
だから俺に丸投げしているものの、本谷が気になって、『田園』の撮影、妙に顔出してたんだ。
だから、滅多に人のことなんか気にしないニンピニンのくせに、本谷のこと車に乗せてたり………。
あの本谷の告白大会の時、声だけだったからどんなシチュエーションだったかはわからないけど、本谷の告白を、勘違いしているんだって、工藤は言ったけど、恋人がいるとも付き合っているやつがいるとも言わなかったし………。
よく考えなくても、工藤にとって俺はただの部下で………。
否も応もないよな。
不意に、小学校の時、良太が提出した夏休みの宿題にくれた先生の花丸が思い出された。
『よくがんばりました』
よくできました、ではなく、大抵そうだった。
良太ちゃんは頑張り屋さんだね。
野球も、仕事も、頑張ってきた。
それが俺のとりえで、結局俺って人間はその一言に尽きるってことだ。
本谷はきっと大化けするかもな。
工藤はそれをおそらく期待しているに違いない。
俺は何かを成し遂げることもない。
いや…………
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