「宇都宮さんと出かけるの?」
良太が携帯を切ると、秋山は聞いた。
「ああ、ええ、飲みに行こうって誘われて、そしたら時間が空いたから食事するとこ知らないかって」
別に何もやましいことはないんだから、と良太は自分に言い聞かせて秋山に話した。
「『麻布住吉』か、美味しいって聞いてるけど、まだ行ったことはないな。あそこなかなか予約取れないんじゃなかった?」
「あ、そっか、土曜日だしダメかもな。前に沢村と行った時、もう一時間前だったんだけど、なんかオーナー料理長の津久井さんがいいよって言ってくださって。きっと工藤さんの行きつけだったからだと思うんですが」
良太は慌てて店に電話を入れた。
「え、大丈夫ですか? すみません急に、よろしくお願いします」
電話を切ると、「大丈夫みたいです、よかった」と良太は言った。
「そりゃ、役得だね」
「秋山さんも工藤さんの名前出せば、予約取れるんじゃないですか? ってか、一緒に行きます?」
俺がついていったらきっと宇都宮に睨まれること必須だって。
秋山は心の中で良太の科白に突っ込みを入れる。
アスカの情報が確かでも、どうやら良太は宇都宮をそんな目ではみたことがないらしい。
「いや、残念だけど、今夜はちょっと」
しかしこれは良太一人で行かせたものか、と秋山は思案する。
「そうですか。俺、『田園』のプロモーションの時、終わってから宇都宮さんにご飯奢られちゃったんですよね、こっちがもたなくちゃいけないはずなのに。今日はちゃんと支払いしないと」
ご飯奢られた? あらら、これは宇都宮、本気も本気じゃないのか?
「まあ、ああいう大物俳優ともなると奢るってのを断ったりもしづらいもんだよね」
「それはそうなんですよね~」
良太は接待のつもりらしいが、宇都宮はどうでるかわからないな。
秋山はオフィスを出ると、夕食用にコンビニで弁当を調達し、青山にある自分の部屋に戻ってシャワーを浴びて着替えてから、弁当を食べに向かった。
食事を終えて時間を確認すると、七時少し前だった。
「もうちょっとしたら出るか」
大概プライベートでも外に出る際はジャケットがないと落ち着かない秋山は、Tシャツの上に麻のジャケットを羽織る。
このマンションはエリートと呼ばれた商社マン時代に購入したもので、当時は結婚して二人で住む予定だったため、三LDKと一人住まいにしては広いのだが、とっとと売ればよかったものを商社を辞めて割とすぐに青山プロダクションの仕事に就いたため、未だにローンを支払いながら売る機を逃していた。
はっきり言って面倒くさくなっただけなのだが、給料が下がったとか支払いが滞りそうになったというのなら、とっとと売っていただろうが、今の会社の手取りは大手商社のエリートの給料をはるかに上回るものだ。
しかもボーナスも破格だから、既に六割がたローンは終わっている。
良太が部屋にほぼタダで置いてもらっているのを工藤の恩情でなどと気に病んでいるらしいが、社員全員破格な待遇を得ているのは確かだ。
おそらく工藤は金銭に対して頓着がないんだろう。
いや、良太をほぼタダで部屋に置いているのは、別の意図からだろうと思うが。
秋山は久々、愛車のエンジンをかけた。
これも商社マン時代から乗っているアウディで、もういい加減年式も古いのだが、仕事では社用車のレクサスLS五〇〇を乗り回しているし、さほど使う必要性がない。
レクサスはアスカの送迎をするのに使っていた車を刷新する際、工藤に自分で選べと言われ、見た目の良さや乗り心地の良さから秋山が最近選んだものだ。
どうやらアスカや鈴木さんらの間では、秋山のプライベートは謎だとか言われているようだが、仕事が趣味みたいな人間の秋山には、何もしたいことが思いつかないから、休日は読書をするか仕事のために映画などを見ている程度なのだ。
それに何だかだとアスカが秋山を頼ってくるから、それこそ何も見つけることなどできようもない。
しいていえば、少しは身体を鍛えようと、リビングにマシンを入れたくらいだろうか。
商社でいやというほど人の裏の顔を見せられた秋山は、フィアンセにも逃げられたこともあって、かなりの人間不信になった。
今でこそ会社の人間とも世間話くらいするようになったが、わざわざ人の多いジムなどに出向く気にはなれない。
だが、会社で自然に話ができるようになったのは、良太やアスカのお陰だと秋山は思っている。
おそらく親の負債などなければ、こんな業界に足を突っ込むようなことはなかっただろう良太は、境遇の良しあしにかかわらず一本気で正義感が強い、それこそ鬼と呼ばれた工藤にでも食って掛かる怖いものなしなところがある。
アスカは我儘なお嬢様と思いきや、案外正義感が強くて、涙もろく、困っている誰かを見過ごせない情の熱い姉御肌だ。
突っ走ってやり過ぎるから二人とも目が離せないところはあるが。
「ったく、だから放っちゃおけないんだっての」
秋山は西麻布まで車を走らせると、『麻布住吉』の店の入り口が見えるがなるべく人通りの少ない細い通りに車を停めて、様子をうかがいつつ、二人が出てくるのを待つことにした。
刑事ドラマか探偵のような真似をすることになろうとは思わなかったが、少なくとも今は良太が心配だった。
「まあ仮に二人が親密になっているのだとしたら、馬に蹴られるのはゴメンなんだが」
秋山はひとり呟いて、フロントガラスから店を窺った。
サイドシート側のウインドウを少し開けているが、エンジンを切っているので夜とはいえ蒸し暑い。
「探偵やら刑事やらはよほど我慢強い人間じゃないと務まらないな。どおりで谷川さん、待つことを苦にしないわけだ。奈々ちゃんのマネージャー兼ボディガードは実に適任だ」
秋山は元刑事の谷川を思い浮かべた。
それにヤクザのお陰で刑事をやめさせられたと文句を言っていたが、第一線でやってきた仕事を辞めても妹の幸せを取ったということだろう。
妻子とも離婚はしたが、娘の結婚式にはちゃんと出たと言っていたし、逆に若手人気女優南沢奈々のマネージャーということで家族の間でも株が上がったらしい。
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