鬼の夏休み20

back  next  top  Novels


 ドアをそっと開けると、部屋は静かで、工藤はベッドに横たわってまだ眠っているようだった。
 良太は音をたてないように買い物袋をソファに置くと、また出て行こうとした。
「買ってきたのか?」
 抜き足で出て行こうとした良太は、工藤の声に振り返った。
「あ、すみません、起こしちゃいました?」
「ああ、もう起きる。スーツ、出してみろ」
 工藤は身体を起こして、ベッドを降り、部屋履きを履くとバスルームに入って行った。
 良太は背負っていたバッグを降ろし、財布から、工藤に預かっていたカードを取り出した。
 それから、買い物袋に入っていたスーツを出して、隣のベッドに並べた。
「左のにしろ。タイはそれでいい」
「はい」
 チャコールグレイのスーツに青を基調としたカラーブロックのタイ。
 ちぇ、京助さんがいっちゃんいいって言ったやつと同じってのが面白くないけど。 
「あ、これ、ありがとうございました」
 カードを差し出すと、工藤は受け取ってポケットに入れた。
 そんな工藤をぼんやり見ていた良太は、千雪から知らされた工藤の母親の話が蘇った。
 確かに前に工藤が言ったように、自分は幸せなヤツだと良太は思う。
「何だ?」
「いえ、杉田さんがさっきお菓子作ってて、三時のお茶に呼ぶんじゃないかな」
 途端に工藤はさも嫌そうに眉を寄せた。
「……お菓子……」
 その時、まるで会話が伝わったかのように電話が鳴った。
「はい、起きてますよ。わかりました、すぐ行きます!」
 良太が受話器を取ると、杉田からで、お茶をしましょう、という電話だ。
「工藤さん、三時のお茶だそうです」
「……いや、俺は……」
「ダメですよ、杉田さんせっかく作ってくれたんですから」
 いいと言おうとした工藤の言葉を良太が遮った。
「ほら、行きますよ」
 良太はドア口で振り返って工藤を促した。
 苦々しい顔で、工藤は部屋を出る。
 こういう時、昔ならつい煙草に手が行くのが常だったが、最近は自分だけでなく周りにも害があるなどと言われて、禁煙までは行かないが、ポケットに煙草を入れるのはやめている。
「さあさ、座って下さいな、ほら、ぼっちゃんも」
 良太は吹き出しそうになるのを何とか堪える。
 ダイニングに行くと、工藤はさらに苦虫を噛んだような顔で、それでも良太の向かいに座った。
 しかし、杉田がトレーに載せていた直径二十センチはある、生クリームとイチゴをふんだんに使って飾りつけられたショートケーキをテーブルの真ん中に置いた時、さすがに工藤は絶句した。
「ぼっちゃん、もうすぐお誕生日でしょ? ケーキも久々焼いてみたんです」
 ニコニコと杉田は言い、皿とフォークを二人の前に置いた。
 ケーキの上には板チョコレートにホワイトチョコでHappy Birthdayの文字が書かれている。
「お茶をお持ちしますね」
 良太はニヤケそうになるのを必死で堪えるのだが、どうにも顔が緩みそうになる。
「あ、俺も、母親がいつも焼いてくれましたよ、誕生日にケーキ」
 とりあえず何か言った方がいいかと良太は思ったのだが、工藤にジロリと睨まれる。
 辛うじてロウソクなんてものが立っていたりしなかったのがせめてもの救いだと、工藤の方は苦々し気にケーキを睨み付けた。
「俺も手伝ってきます」
 良太はいたたまれず立ち上がり、工藤の後ろを通ってキッチンに向かう際、ポケットから出した携帯で、工藤の後ろ姿とバースデーケーキをさっと激写した。
 よし!
 アスカさんと千雪さんに送るっきゃないよな。
「うんまい! 杉田さん、プロ並み! ケーキ屋さんになれそう!」
 ケーキを切り分け、お茶を入れた後、ポットなどを乗せたトレーを持ってキッチンに下がろうとした杉田は、さっそくケーキを頬張った良太の賛辞に破顔した。
「あら、ありがとう!」
「ほら、工藤さんも、ちゃんと味わって食べないと」
 余計なことを言ってまた工藤に睨まれた良太は、ケーキを食べることに専念する。
 すると一口二口食べたケーキの皿を工藤はいつものように良太の方へ押してよこした。
「さすがにダメですよ、だって、バースデープレート乗っかってるし」
「俺にはもう限界だ。早くしろ。ケーキの上にそんな甘ったるいチョコなんか食えるか」
 工藤も嫌いだからと言って食べずに杉田の気を悪くするような真似はできないのだ。
 仕方なく良太はそのチョコレートプレートをさっと取って齧るのだが、キッチンから杉田が出てくる気配に慌てて全部を口に入れた。
 工藤は慌てて皿を自分の方に戻した。


back  next  top  Novels