伝統の部にしては部員数も少なかったせいか、ペンネームを使い分けている部員もチラホラいたが、宮澤検事補が誰なのかは誰も知らなかったはずだ。
詩も歌詞も元気の中では同じ引き出しに属し、今も市内の同人誌にこっそり参加しているのだが、昔から書き綴ったノートはかなりの冊数になる。
「この詩なんか、宮沢賢治とか三好達治とか元気の好きな作家のニオイでいっぱい」
「そう…すか?」
言い当てられたことがきっかけで前より言葉を交わすようになり、ちょうど元気は前の彼女と別れて間もなかったのだが、聖子が部長を引退する前にはつき合っていた。
ふと、豊満ボディな先輩だったななどと、元気の脳裏に部室で二人きりだったシーンが蘇る。
「いい思い出をありがとう、元気」
彼女が卒業した日、二人で川べりを歩いている時、唐突にそう言い、やがて彼女はこの街を去って行った。
別れなど考えもしなかった元気は何も言葉を返せなかった。
傷心を抱えて当時よくいりびたっていた医務室に行くと、赴任二年目の若い校医が言った。
「振られたか?」
このヤローとも思ったが、元気がため息をついて丸椅子に腰を降ろすと、見てくれがよくて言動がちょいワルなところがいいと女子に騒がれている不埒な顔が近づいてきた。
えっと思った時にはキスされていた。
「ショック療法」
ニヤリと笑った顔は久しぶりに思い出してもやはり忌々しい。
くっそ、余計なことまで思い出したじゃないか!
あの校医はまだ学校に居座っているらしいが。
「ありがとうございました」
仲良く店を出て行く可愛い後輩カップルを見送りながら、あの時あの校医のお蔭で確かに割とスッキリとして三年を迎えられたのだと、すっかりノスタルジックに浸ってしまった元気は苦笑いする。
いつか二人が離れることになるとか、前に何が待っているかなんて気にもしないで一生懸命なのがピュアな恋というやつだろう。
ピュアな恋……ね
心の中で呟いた途端、元気はいきなりリアルに引き戻される。
ピュアな……
そう、最初あいつらを見た時、そんなことを思ったんだ。
優花は豪のことが本当に好きってのがもう全面に出ていて、身体はでかいくせに、はにかみがちに笑う豪とは幼馴染み、ちゃんとつき合い始めたばかりだと、優花は幸せそうに笑ったのだ。
あいつらを別れさせようなんて思っても見なかったはずなのに。
そんなピュアな二人に割り込んだのは俺。
それこそ来るもの拒まずで、それこそチャラ男だったかもだけど、不倫とかフタマタとかきらいだったし、まさか優花から豪を取り上げることになろうなんて。
悪いのはちゃんとはっきりさせなかった自分だ、元気を勝手に好きになったのは自分だからと豪は言うが、自分に非がないわけがないと元気はわかっている。
起きるべくして起きてしまった結末に、そしていろんな感情のせめぎ合いから、あの時、元気はこの街に逃げ帰ったのだ。
結局、豪は元気を追いかけてきて、元気は豪を受け入れてしまったのだが。
元気の心の奥ではわだかまりが未だに燻り続けている。
優花が今はマサとつき合っているとはいえ、この先どうなるかなんて誰にもわからない。
豪がいつまで俺に対してあんな一途な目を向けているかなんて。
お前がいつか俺を見なくなることが、俺のが怖いんだということを、あのバカは知らない。
別れなんて、いつでも唐突にやってくるのだ。
早めに店を閉めた元気は、リュウの散歩を済ませるとタクシーでみっちゃんの泊まっているホテルに向かった。
「山間で、ほんとに隠れ家的。看板もひっそりとしてるし、静かでいい感じ。天井たか……」
みっちゃんを連れて行ったのは路傍だ。
奥の小座敷が空いているというので、そこに落ち着いた。
きゅうりと野菜の酢の物、豆腐のオクラあんかけ、ゴーヤとコーンのさっぱりサラダにナスのしぎ焼きなどがテーブルに並び、ひとまずビールで乾杯する。
「しかし、何か段々オヤジ入ってきたよな」
テーブルに並んだ料理をしげしげと眺めて元気がボソッと口にした。
「カラアゲだのスペアリブだの、昔はみっちゃんコッテリ系並べてたのに」
「夕べ飲み過ぎたんだよ。まあ、確かに年と共に好みも変わるわな」
ナスをつつくみっちゃんを見て元気は苦笑いする。
「やめてくれ、まだアラサーだっての」
「お前だろうが、先に言い出したの」
みっちゃんはジョッキのビールをゴクゴクと飲み干した。
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