社内は日常を取り戻しつつあったが、やはりことが殺人事件だけに重い影を落としていた。
「レイチェル、あんなに騒いでバカみたい」
レイチェルがアリバイの偽証を頼んできたわけが、意外なところからわかったのは翌日の会議のあとだった。
内海が窓辺でコーヒーを飲んでいた良太に声をかけてきたのだ。
「あの人、ほら、上院議員のキャンベルの息子と婚約したでしょ? 下手に関わると婚約がダメになるからね」
「婚約?」
良太はそんな情報は興味がなくて知らなかった。
「人気女優と富豪の息子の婚約って、マスコミがこぞって取り上げてたじゃない。知らないの?」
内海はちょっとバカにしたような言い方で良太を見た。
「いや、全然」
この研修と東洋商事の仕事で手一杯で、そんなゴシップに気を取られる暇もなかった。
「疑われたりしないように必死になってるのよ。相手が由緒ある一家の子息だしね」
「はあ、なるほど」
内海の話からすると、疑われたくなくて、レイチェルがアリバイの偽証まで良太らに頼もうとしたということか。
「でも……」
ちょっと小首を傾げた内海を良太は見た。
「デビッドって、あの人手が早いって噂で、レイチェルとも親密だったんだよね」
「レイチェルとデビッドが?」
「そう。レイチェルはもうデビッドとは関わりたくないって感じだったけど、デビッドがしつこく言い寄ってるの、スタッフのニーナが見たって言ってたし」
最初良太に対してつんけんした態度をとっていた内海とも、ここのところ割とたまにこんな会話ができるようにはなっていた。
「ジョシュと婚約したレイチェルにしてみたらデビッドは煩いハエってところだったから、少なくともデビッドがいなくなってよかったんじゃない?」
「へえ………」
じゃあ、まんざらレイチェルにも動機がなかったわけじゃないってことか。
だからあんなに騒いでたんだ。
あえて自分は関係ないっていう主張もあって。
そういう事情があるとわかると、良太にはレイチェルに関する引っ掛かりが大きくなった。
でもな、血だらけでナイフ持ってたのはベンなんだよな。
そこまで考えて、良太ははたと、いつぞや工藤がはめられて濡れ衣を着せられ、あわや逮捕寸前ということがあったのを思い出した。
あの事件は今思い出してもムナクソ悪い記憶でしかないのだが、あの時の工藤も血だらけのナイフを握っていた、いや薬を盛られて握らされていたわけで、ナイフを手にしていたからと言って必ずしも犯人とは限らないのではないか、などと良太は考えてしまう。
「あたし、ベンが人を殺すとか、あり得ないって思うんだよね」
内海の発言に、良太は大きく頷いた。
「だよな? たまたま血まみれのナイフをベンが拾ったら、デビッドが死んでた、とか」
「それ、大いにあり得ると思う」
内海が断言した。
「何、何? 何の密談?」
そこへジミーが笑みを浮かべながらやってきた。
「英語でお願い」
良太は笑って、「いや、ベンが殺人とかあり得ないなって話」といい、今内海と話していたことを説明した。
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