幻月52

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 今はさほど問題なく思えたとしても、何かのはずみでフラッシュバックするということもある。
 良太は千雪の部屋まで直子に付き添ってきていた。
「今のところ大丈夫だと思うよ」
 医師が帰った後、京助が入れてくれた珈琲を一口飲んでから、直子は言った。
「本当にご心配おかけしました」
 ペコリと、そこに居合わせた京助、千雪、良太に直子は頭を下げた。
「うん、まあ、怖かったけど、前に付き合ってた彼氏に別れ話持ちかけた時、ナイフ振り回されて怪我したことがあって、金的かまして逃げたけど、そん時の方が正直怖かったよ」
 意外な過去をサラリと口にする直子に、三人の男たちは一様に黙った。
「そっか、まあ、でも、何かあったら、俺に話して」
 しばらくして良太は言った。
「話さないでしまっておくとよくないと思うし」
「わかった。でも、なんかさ、あたしより藤堂さんの方が責任感じちゃってて心配で」
 頬杖をつきながら直子は眉を顰めた。
「わかった。とにかく、じゃあ、今度藤堂さんも一緒にどこかで逢おう」
 サスペンスドラマなどなら、最後に真犯人が捕まって、危ない目にあった誰かが助け出されて、その後、幸せに暮らしてます、めでたしめでたし、なんてラストにでもなるのだろうが。
 ドラマならやはりラスト幸せに暮らしてますにしておいた方が、視聴者に重い何かを残さずに済むし、実際自分は危ない目にはあっていないから、ああ面白かったと言ってしまえる。
 スカッとしてもらえれば、ドラマの制作陣もそれでよし、ということにもなるのだが。
 もし実際に危ない目にあったりしたら、それこそ折に触れて怖かった時のことがフラッシュバックして、PTSDを発症する危険性もあるわけで。
 今回は直子を助け出すことができたが、万が一ということもなかったとは言い切れない。
 直子を店に潜り込ませたことですら悔やんでいる藤堂が、もし、万が一直子に何かあったりしたら、もうこれまでの藤堂の人生を同じように歩けるかどうか、保証はできないのだ。
 現実はドラマのように簡単にスカッとは行かない。
 責任を感じているといえば、当の工藤だろう。
 工藤にとってこの事件自体は全く何の関係もなかったからこそ、余計に社員一同や藤堂流に言えば千雪とその仲間たち、それに小田事務所の面々、さらに勝手に動いたとはいえ藤堂や直子にまで影響が及んだことは、小田からも説明されている。
 だからこそ、ことさら何もなかったかのように今まで通り仕事をするしかなく、撮影関係者はほとんど工藤がその事件で身柄を拘束されていたことなど知る由もなかった。
 それに、小田にも言われている。
「まあ、いわばみんなを動かしたのはお前や良太くんの人望ってやつだ。ありがたく受け取って仕事に精を出すんだな」
 田口紀佳を張っていた遠野からの連絡で、ホテルに入ったことを聞いた千雪が、渋谷に知らせたことで、海外逃亡を目論んでいた田口と友成陽介は成田空港近くのホテルにいたところを逮捕された。
 こうして松下美帆を殺害した真犯人グループ全員が逮捕され、尚且つ山中に埋められていた遺体が行方不明になっていた『ベア』のホステス伊庭さとみと断定され、出水のDNAも検出されたことを突き付けると、出水が殺害を自供した。

 


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