幻月56

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「いや、ちっさいが畑もありますしな、吉川に任せっぱなしだし、あいつも自分の店がありますからな」
 馴染みのリストランテのオーナーシェフ、吉川と平造は案外長い付き合いで、料理や野菜のことで話が合うようで、平造がぎっくり腰をやった時にも世話を焼いてくれた。
「着いたら電話しますんで、冷めたらチンして食べてください」
「わざわざすまなかったな」
 工藤が平造に労いの言葉をかけた。
 良太が一緒に駐車場まで行くと、平造はグレーのバンに乗り込んだ。
「気を付けて。ちゃんと連絡下さいよ」
「社長のこと、よろしく頼む。食事は三人分くらいはある。良太も痩せただろう、しっかり食べなさい」
「はい、ありがとうございます!」
 平造の車が出ていくのを見送った良太は、オフィスへと取って返した。
 工藤はまだ電話中だったので、七階に上がると、良太は工藤の部屋を覗いてみた。
「うわ、すげ」
 ダイニングテーブルには、二人分のディナーがセットされていた。
 洋ナシと生ハムのサラダ、ジェノベーゼのパスタ、牛肉のタリアータ、鍋にはメバルやイカのブイヤベース、ワインクーラーにはワインが冷えているし、冷蔵庫を見るとパンナコッタがグラスに五個ほどが並んでいる。
「パスタと肉は食べる時あっためよ」
 良太は何となくウキウキとオフィスに戻ったが、工藤は自分のデスクでまだ難しい顔をして電話をしていた。
 メールチェックをして翌日のスケジュールを再確認すると、良太はパソコンの電源を落とし、デスクの上を軽く片付けた。
「食事いつにしますか? 平造さんせっかく作ってくれたんだし」
「七時でいいだろう。あと何件か片付けとくことがある」
 やっと受話器を置いた工藤に尋ねると、工藤はそう言ってすぐまた鳴った携帯に出た。
「じゃ、俺、準備しときます」
 七時ならまだ一時間ちょっとあった。
 良太は自分の部屋に上がり、猫たちのご飯をやったりしてから、シャワーを浴びてジャージに着替えると、いそいそと工藤の部屋に向かう。
 冷蔵庫には翌朝用にサンドイッチも作ってあった。
「俺なんかついでにご飯にありつけて、ラッキーってとこだよな」
 冷凍庫には、冷凍しても美味しいだろうおかずの袋がいくつか作り置きしてあった。
「平さん、さすが」
 口数も少なく、工藤が帰るまでは部屋を掃除したり、裏庭の草むしりをしたりしてじっと待っていた平造だが、やはり一番工藤のことをわかっていて、気がかりだったろうと、良太は平造の胸の内を慮る。
「そういえば、まだ俺、千雪さんとかにお礼とか言ってねぇや」
 今日は工藤が戻ってくることで手一杯で、それ以外に考えることもできなかった。
 冷蔵庫の前でぼんやりしていると、ドアが開いた。
「あ、ご飯、食べますか?」
「ああ。風呂入ってから」
「じゃあ、上がったらあっためますね」
 そうだよな、ゆっくり風呂くらい入りたいよな。

 


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