それじゃ、到底真犯人に辿り着けるわけがない。
「証拠は挙がっているんだぞ!」
今度は威嚇か。
まるで三流ドラマで使い古された科白じゃないか。
あの時、酒がまずいような気がして飲み干していなかったからか、朦朧とはしていたが、比較的早く目が覚めた。
俺にご丁寧に血の付いたナイフを持たせて消えた真犯人は、素人だな、俺の服に返り血が着いていないだろう。
だが、それもこの能無しどもは、何かこじつけて俺に自白を強要するつもりだ。
確かに凶器を持っていたのは逃れられない証拠ともいえる。
ホテルの部屋で目覚めた時、明らかに殺害されたとみられる血まみれの女、血の付いたナイフを手にしていたことに気づいた工藤は、咄嗟に良太に連絡をしようとしてやめた。
これが暴力団絡みではないとは言えないと感じたからだ。
T、とある世界では呼ばれているという男とは電話でのやり取りのみだったのが、近年、あからさまに工藤に危害を加えようとするものが現れた際に、表の顔を知った。
Tはおそらく影で工藤に迫る災いを払いのけてきた。
何者かということも工藤も聞かないしTも言わないが、中山会の伯父がTの背後にいるのだろうことは想像がついた。
最近は暴力沙汰に巻き込まれることもなかったし、よってTが連絡をしてくることもなかったのだが、万が一、この事件が裏で中山会の跡目争いにつながっていたとしたら。
だがこちらからTに連絡を取ることはできなかったし、もし、暴力団絡みであれば既にTは動いているはずだ。
全国的に暴力団員は減少傾向にあるとはいえ、中山会はその世界では依然大きな勢力を保っている。
中山会の現組長は工藤の伯父にあたるが、工藤は縁を切っているし、組長の妹にあたる工藤の母親はとうにいない。
だが、伯父には娘が一人いるだけだ。
水面下では数年前から傘下の島本組長を次期中山会組長に据えようとする一派と、若頭の息子を押す芦田組系列の間で低次元の抗争を繰り広げていたが、若頭の入院騒動以来、争いがエスカレートし、若頭は心臓と糖尿の持病とつき合いながら事態の収拾に努めていた。
ところが若頭の息子では心もとないと思う島本組の息のかかった連中が想像をたくましくして、芦田組の一派が工藤を担ぎ上げるに違いないという理由で、工藤は既に数回襲われていた。
そのたびごとに陰で動いてTが片をつけていた。
だが、その一派が手法を変えて、今度は工藤を殺人犯に仕立て上げ、社会から葬ろうとしたということも考えられなくはないのだ。
back next top Novels