ACT 1
もう六月頃から梅雨を飛び越えて気温が上がり、九月になっても夏はまだ終息を見せず、東京都心でも猛暑日が過去最多を記録した。
世界経済の混迷や紛争の影など、重い話題が飛び交う中、一筋の明るい光といえば西の方からだろう。
二年ぶりの優勝を決めようかという関西タイガースだ。
ぶっちぎりの優勝は間違いないといわれつつもここのところ足踏み状態が続いていて、警察の警告も聞く耳を持たず優勝したらすぐにでも道頓堀川に飛び込む用意のあるファンのみならず、関係者やらマスコミやら、くわえて優勝記念セールをもくろんでいるデパートや商業施設まで、じりじり気を揉んでいる。
今夜も、今か今かと優勝を待ち望んでいるファンの前で、タイガースは惨敗した。
「くっそー!」
ガーン、と強かに蹴り上げられた金属音がスタジアムのロッカー室に響き渡る。
パ・リーグAクラスに例年名を連ねているレッド・スターズにあって、一昨年は首位打者、昨年も首位打者と打点王とタイトルを手中にした天才スラッガー沢村智弘は、一時マスコミを大きく騒がせた超大型トレードで関西タイガースに今季移籍した。
今年のタイガースは短距離級の速さで走り続けて優勝は確実視されているが、そこにはやはり沢村の功績が大きいといえる。
沢村は首位打者、打点王を既に勝ち得たも同然で、さらにホームラン王争いにも名を連ねている。
その沢村が、九月に入ってからチームの低迷につきあうように連日打ちあぐね、今夜もファンの野次を散々に受けた。
四打数ノーヒット。
「そのざまは何だ!」
周りに言われるべくもなく、自分で一番言いたい言葉だった。
機嫌が悪いと闘将星川監督のお株を奪う程荒れるのがわかっているので、チームメイトもそういう時は触らぬ神にとばかり遠巻きに見ているだけである。
そんな周りの空気にもいたたまれず、在京チームとの敗戦ゲームを終えて定宿にしているホテルに戻った沢村にはこのところついつい携帯に手を伸ばす癖がついていた。
「よう」
ベッドに寝転がった沢村は、携帯に出た相手に言った。
「沢村、お前な~~~」
呆れたような声が返ってくる。
「まだ仕事か、良太」十一
夜の十一時を回ったところだ。
「仕事か、じゃねーだろ。ったく、俺に電話してきたって、明日は打てる、なんてこたないんだからな」
「厳しいじゃん。だって、寂しいのよ、良太ちゃん!」
予想通りの良太の反応に、沢村はついからかいたくなる。
「てめー、ざけんじゃねーぞ! こっちはサラリーマンなんだからな、仕事は待っちゃくれないの。今夜中に企画書あげないと明日のスポンサーとの打ち合わせに間に合わねーの」
「そんなサラリーマンなんか、やめちまえば?」
あの野球バカが何やってんだか、とは沢村の本心だ。
「勝手なこといいやがって。こっちはお前と違って働かないと食ってけないの!」
「だからさ、俺と一緒に野球チーム作ろうぜ。思う存分野球できるぞ」
「はいはい、夢を持つのはとってもいいことだ。だが、さしあたってお前のやることは何か、わかってんだろーが!」
沢村は笑う。
周りも監督ですら何も言わない。
打てないのは自分自身の問題だとわかってる。
だが、腫れ物に触るようなあの目がいやだ。
この際、思い切り罵倒されるくらいがありがたい。
それに。
「笑いごとじゃないぞ! 負けても勝ってもお前の一発がないと、ファンもこうスカッとしないんだ。ちゃっちゃとやれよ!」
「お前にいわれなくてもだ! 明日はでかいやつ、期待してろよ!」
それに、何だかこの声を聞いているのが小気味いい。
やってやろうじゃん、と思わせてくれる。
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