月さゆる28

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 しかも微妙に当たっているので、ますます工藤の顔は苦虫を噛んだような形相になる。
「おかわり!」
「おい、ひとみちゃん、いい加減にしとけよ」
「ヤギちゃん、全然飲んでなぁい! おにいさん、こっちにもおかわりね」
「おい……」
 グラスをバーテンダーに差し出した山内ひとみは、無論、ヤギこと下柳の忠告など聞く耳を持っていない。
 後ろのテーブルでは、ミネラルウォーターを時折口にしつつ、このウワバミ俳優をマネージャーの須永がはらはらしながら律儀にも待っている。
 彼の不幸なところは、カウンターに陣取った三人が三人とも、ちょっとやそっとの酒では済まないことにある。
「若い子がみんな、羽ばたきたいとは限らないの! そんなことオヤジが考えてあげなくてもいいのよ。その子のしたいようにさせとけば」
 ウワバミ俳優には言いたいことを言わせておくしかない。
「良太が追いかけたいのはお前の背中だ。言ってやったのか? ちゃんと、お前は成長してるって本人に」
 下柳までが追随する。
「こんな背中追いかけて何が面白い。俺は、引導をちゃんと渡せなかった自分の甘さに辟易してる」
 いて欲しいと離したくないと望んでいるのは俺だ。
 そのためにあいつがもし………………。
「お前が何を恐れているのかは知らんが………お前は話してくれないからな。だがな、後悔ってのは、自分が望まないことを選択した時に現れる感情だ。良太はお前の隣を望んでいる。それでいいだろう」
 下柳にしては珍しく強い口調で言い放つ。
 工藤はかすかに笑う。
「もう、ヤギちゃんまで難しいこと言い出すし! 高広! あんた飲みが足りないからグチグチなるのよ! さっさと飲んで、たーーーっと、良太んとこ行けば!」
 フン、とすっかりできあがっているひとみを一瞥し、工藤は席を立った。
「帰るのか? お前、しっかりやれよ」
 ひとみや下柳の叱咤激励に送られて工藤は店を出る。
 底冷えのする夜、凍えるように瞬く星々が遠くかすかな光を落としていた。
 
 
 
 
 工藤専用のホットラインが何ヵ月ぶりかで鳴ったのは、八時を過ぎた頃だった。
 良太がとったのだが、工藤はいないというと、相手はそうか、と切ってしまった。
 名前を聞いても答えてはくれなかったし、用件も言わなかった。
 以前は田所夫人がかけてきたことがあったが、彼女とのつきあいも終わったらしく、工藤はいつの間にか番号を変えていた。
「もちろん、夫人と続いているようなら、とっくの昔に俺はあんなオヤジ、切ってる!」
 誰もいなくなったオフィスで良太は豪語する。
 とにかく、相手はどう聞いてもきれいな女性などではなく、おそらく工藤と同じくらいの年だろう、男だ。
 それも良太が今までに聞いたことのない声だ。
 だいたい、工藤ははなっから俺のこと、信用してないし。
 ま、信用できるほど人間できてないってのは認めるけど。
 何か秘密、持ってるんだ。
「割と長い付き合いなんだし、ちょっとくらい俺に話してくれてもいいじゃんよ」
 フン、ま、どーせ、俺なんかね、学習能力のないカボチャ頭だし、必要ないわけだし。
 とっとと次の仕事見つけて、こんな会社出て行ってやるんだからな!
 ブツブツひとりごとを言っていると、いきなりドアが開いた。
 さっきの得たいの知れない電話のことがあったので、良太は思わず飛び上がる。
「あ………、お帰りなさい」
 工藤だった。
 鈴木さんにも注意されたから、挨拶だけはしてやる。
「まだいたのか。病み上がりならそれらしく、さっさと帰って寝てろ」
 これだよ。
「NDIの中山さんから、企画が通ったので話を詰めたいって、連絡ありました」
 とりあえず、良太は報告した。

 


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