「そんなの……わかってます。俺の借金肩代わりしてくれて仕事くれて、俺なんかいっぱいいっぱい世話になって…」
良太は顰め面でぼそぼそと口にする。
「良太ちゃん」
「でも、それって俺が可哀想に思って施しをしてくれただけで、俺なんか結局役立たずの能無しだから、即戦力になる人材を補強するって、工藤さん言ってた。俺なんか別にいてもいなくてもいいんですよ、工藤さんには!」
鈴木さんにぶちまけるつもりはなかったのだが、感情的になっていた良太は、一気に捲し立てる。
「まあ、良太ちゃん、そんなこと言うもんじゃないわ。だって、新しい人入れるなんて話、聞いてないわよ」
「さあ、工藤さんが自分でヘッドハントするんじゃないですか?」
うーん、と鈴木さんはちょっと考え込んだ。
「二人ともお互いにもう少し話し合ったほうがいいんじゃないかしら?」
さすがに二人のことで鈴木さんを巻き込むことは避けたかった。
「すみません、鈴木さんにまでご心配かけて………」
「いいのよ。私は、前の明るい良太ちゃんに戻ってほしいだけよ」
良太はその答えに力なく笑った。
工藤が………世話してくれてた……。
心が切なく軋む。
あれ、夢じゃなかったらいいのにって、思ってた。
病院のベッドで目を覚ましたら、椅子に座った工藤が良太の手を握り締めたまま、布団の上で眠っていた。
嬉しくて、俺のこと捨てたんじゃないって思いたくて。
でも、もう一度目を覚ました時、工藤なんて影も形もなかった。
なんだ、夢だったのかってすごくがっかりした。
そうなればいいって思い込んでいたから、そんな夢を見たのだと。
ナータンを世話してくれてたって聞いたら、あれ、夢じゃなかったのかもって……
やっぱ、俺の単なる願望かあ。
東洋商事は日本有数のコングロマリット東洋グループの傘下にある大手総合商社だが、今現在工藤はタイアップでの長編TVドラマ制作の話を煮詰めているところだった。
KBCテレビの創立五十周年記念番組枠で五月に放送される予定で、ロシアと日本を舞台にエルミタージュ美術館にある絵画を巡って、過去と現在を行き来しながら謎を解いていくというSFテイストのシナリオだ。
既にキャスティングは決まっており、東洋商事のCFに出演している志村嘉人主演で、奈々も脇で出演することになっている。
この仕事には特に力を入れたい工藤としては、他に抱えている仕事をこなすのに、自分の分身が欲しいくらいの状況である。
実際、キャリアのある即戦力になる人材をすぐにでも確保したいのは山々だが、探している時間もないし、例え見つかっても工藤の会社に入る可能性は低いだろう。
それは事実だが、そのために良太を放り出す理由はどこにもない。
沢村の話に揺れている良太を、ただ、出て行きやすくしたつもりだったのだ。
なのに、土壇場で沢村に渡すのを躊躇してしまった。
ったく、何やってるんだ、俺は………。
カラカラと氷を鳴らしながら、バーカウンターの工藤は眉間に皺を寄せて宙を見据える。
「ちょっと、そこの仏頂面! 酒がまずくなるじゃないの」
馴染みの店で右隣に座る女は、美しい顔をしてきつい言葉をビシビシ工藤に投げつける。
「ま、よかったじゃないか、良太ちゃん、沢村と契約しなかったんだろ?」
左隣に座る何十年来の悪友は、気の良さそうな髭面をほころばせる。
「俺のためじゃなくて、借金のために契約しなかったのかもしれない、実はガラスのように壊れやすい四十路の男心は複雑に揺れるのであったーーーー!」
女は尚も工藤の心を逆撫でするようなナレーションをかましてくれる。
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