月さゆる26

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「あれ? 良太は?」
 小笠原はアスカから秋山、鈴木さん、工藤と見回して問いかけるが、答えがないので、顔から笑いが消える。
「工藤、てめぇ、本気で良太、クビにしたのか!?」
「ぐだぐだうるさいやつだな、良太のことなんかかまってる場合か。こんなとこで油売ってないで、とっとと仕事行け」
 いつもの辛らつな口調に、「何だと、こらぁ」と今にも掴みかからんばかりの小笠原を必死で真中がなだめる。
「落ち着いてください、小笠原さん」
「仕事に行く前に病院行って、血、抜いてきたらどうだ?」
 さらに工藤が追い打ちをかけるようなことを言う。
「何を……!」
「小笠原さん!」
 いつも以上に好戦的な工藤の態度に秋山が気づく。
「良太は部屋にいるんですか? 退院したからって病み上がりですぐ仕事なんか無理でしょう」
 しれっと煙草をくわえる工藤はそれには答えない。
 ドアが開いて、外の空よりどんよりした空気が揺れた。
「良太ちゃん、退院おめでとう~」
 明るく駆け込んできた奈々はオフィスを見渡して、良太はいないし、みんなの顔が暗いのを感じ取った。
「あれ、良太ちゃんは? お昼ごろには退院するって言ってなかった?」
 奈々に遅れて階段を上がってきた谷川は、エレベーターから調度出てきた良太に出くわし、「よう、もういいのか?」と声をかけた。
「あ、はあ、おかげさまで……」
 何となく眠る気にもなれず、良太は散々考え抜いたあげくにきっちりスーツを着こんでオフィスに降りてきた。
 オフィスのドアを開けると、「良太」「良太ちゃん!」とみんなが一斉に良太を迎え入れる。
「すみません、ご心配おかけして」
 心配してくれているみんなに良太は恐縮した。
「大丈夫なの?」
「ええ、風邪こじらせただけだし。そうだ、鈴木さん、ナータンの世話やってくださったんですよね、ありがとう」
「あ、ええ、でも……」
「何だ? 机でも片付けにきたのか?」
 鈴木さんの言葉を遮って、工藤が口を挟む。
「や、やりかけの自分の仕事、途中で放り出すわけにいかないから、きたんです!」
 強気な口調で良太が言い返すと、工藤はフンとせせら笑う。
 何となく、剣呑な雰囲気ではあるが、良太がデスクに着いてパソコンを立ち上げると、アスカも小笠原も奈々もとりあえずそれぞれの仕事に散っていった。
 カタカタと良太がキーボードを叩く音と、むやみにふかす工藤の煙草の煙が、電話も鳴らない静かなオフィスをしばらくの間支配した。
「東洋証券、行ってくる」
 おもむろにソファに引っ掛けてあったコートを掴み、やがて工藤は出て行った。
 いってらっしゃい、と鈴木さんだけが声をかける。
 ドアが閉まった途端、ふう、と良太は息をつく。
 息をするのも憚られるといった重苦しい空気が煙と一緒に立ち込めていたからだ。
「良太ちゃん」
「はい」
 良太は鈴木さんを振り返る。
「いってらっしゃいも言えないなんて、良太ちゃんらしくないわね」
 優しく窘められて、良太は恥ずかしくなって唇を噛んだ。
 礼儀まで忘れてしまったんじゃ、ざまないな。
「あのね、さっき言おうとしたんだけど、あなたのナータンね、朝は私がご飯あげてたんだけど、夜は工藤さん、面倒みてくだすったのよ」
「え……」
 良太は顔を上げて、鈴木さんをまじまじと見つめる。
「工藤さん、口は悪いけどいい人よ。そんなこと良太ちゃん、よく知ってるわよね」
 良太は唇を噛む。


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