残月33

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 俺ができないはずはない的な傲岸不遜な男が、佐々木の前にはそんな自分さえどうでもいいことになるらしい。 
 サングラスと思い切り気配を消しているせいか、まだ関西タイガースの沢村と気づいている者はいないようだが、七月に撮影されたONO傘下のスポーツウェアブランド「アディノ」が沢村を起用したウエアのCMは十月初頭オンエアされてから評判も上々だ。
 今年、「アディノ」は沢村とアドバイザリー契約を結び、アディノの名前を全国に知らしめただけでなく、沢村智弘の人気を一気に高めることも織り込み済みだ。
「ビールとスポーツ飲料、差し入れ、すぐ配達してくれるってよ」
「おお? お前が? 珍しい!」
「うるさいな、常識だろーがよ」
 久々、気の置けない相手と肩の力を抜いて喋っていた良太は、「きゃあっ!」という声に振り返った。
「お弁当に虫が入ってる!」
 案の定、声の主は二村で、良太はやれやれ、と傍らに置いていた弁当がまだいくつか入った箱を抱えて、二村のところまで歩み寄った。
「どうしました?」
「もう、こんなの食べられないじゃない!」
 二村は良太の顔を見ると、思い切り弁当を自分が座る椅子の横にぶちまけた。
 このガキャ!!!!!!!!!
 心の中で、良太は思い切り毒づいた。
 虫なんか入ってたら、老舗弁当屋がえらいこっちゃだ。
「あらら、新しいお弁当お持ちしましたから、どうぞ」
 表面上は極力抑えた声で、良太は暑いお茶のボトルと弁当を一つ箱から取り出した。
「大丈夫っすか? 良太さん」
 すかさず箒と塵取りを持って駆け付けたスタッフの一人が、地面にこぼれた弁当のかけらを始末した。
「ああ、ありがとうございます」
 スタッフに礼を言った直後だった。
 二村が今度は熱いお茶を良太のスーツにかけたのだ。
「あ、手が滑っちゃった」
 こいつ、本気で降ろしたろか!
「おい、お前!」
 良太についてきていた沢村が何か言いかけたのを、良太は手で制した。
「二村さん、かかりませんでしたか? お茶も結構熱々ですから、下手をすると火傷しますからね」
 ポケットからハンカチを出して袖やポケットのあたりを拭きながら、良太は立ち上がった。
「あ、すみません、これちょっと奥へ持っていっていただけますか?」
 ぶちまけた弁当を掃除したスタッフに弁当の箱を頼むと、沢村を伴って監督の日比野のところへ向かおうとする良太に、沢村が「おい」と再び声をかける。
「あの女、わざとお前にお茶ぶっかけたんだぞ? 俺はちゃんとこの目で見たんだ」
 良太の後ろで一部始終を見ていた沢村はカッカきていて、背後にいる二村にも聞こえるくらい声高だった。
「とりあえず無事撮影が終わってくれるのが最優先なんだよ」
「ありゃ、下手すると犯罪だぞ? 熱湯ぶっかけるとか」
 良太の説明にも沢村は不服そうに言い返した。
「まあ、ちょっと温度は下がってたし、他の俳優じゃなくてよかったってやつ?」
 納得がいかない沢村と一緒に日比野のところに行くと、サングラスを取った沢村は大歓迎を受けた。
「わお! 沢村さんじゃないですか! リーグ優勝おめでとうございます!」
 日比野の声を聞いた周りのスタッフも沢村の名前を聞いて集まってきた。
 ちょうどスタッフがビールやジュースが配達されたことを告げにきた。
「沢村に差し入れいただいたんです」
「お気遣いありがとうございます! 沢村選手に、ビールとジュース、いただいたぞ!」
 日比野が大きな声で皆に知らせると、おおおっとスタッフが一斉に声を上げた。

 


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