「二村さん、指定位置についてください。これ以上撮影を中断させて、撮影の邪魔をしていただくとほんとに困るんです。皆さんスケジュールが詰まっていますからね」
日比野が丁寧な口調で言った。
「いやよ、何なの? みんな私を悪者にして! 斎藤さん、何とか言ってやってよ!」
二村は思うように周りが動かないことに地団太を踏んでいる幼児のようだ。
実際斎藤も二村がここまで自己中で空気を読めないとは思っていなかったのかもしれない。
良太は困っているようすの斎藤を見た。
もしかすると彼女は小さい頃から女王様の位置にいて、自分が言えば何でも周りがその通りにしてくれる環境だったのだろう。
わざと牧や良太が彼女に何かしたかのように、平気でウソをついたことを考えても、ひょっとしてこれまで同じように誰かを陥れるようなことをしてきた可能性もある。
ただし、少なくともそれは学校であれ、まかり通っていいはずはないし、仮にその時はまかり通っていたからと言って、社会に出てからも自分が何かを言えば、周りがそれに従うだろうと思っているのだとしたら、あまりにも幼稚な発想だ。
以前藤堂に看破された自分の性格は良太もわかっているが、相手が感情的になっていたりすると、却って冷静になる。
特に仕事の場合は俯瞰で見て判断することを意図せずして覚えてきた。
「二村さん、それ以上の我儘を言われますと、実際役を降りていただくことにもなりかねませんよ? そうなるとこちらとしては事務所に違約金を請求させていただくことになりますし、せっかく二村さんを推薦してくださった斎藤さんの顔をつぶすことにもなりますが、それでもよろしいですか?」
極めて冷ややかな口調で、冷ややかな内容を良太は躊躇なく口にした。
化粧品と言えば美聖堂というくらいの大企業社長を前にしての、この良太の発言には、さすがに周りのスタッフも固唾をのむ。
だが斎藤の口から出た言葉は低姿勢な物事をよくわかった大人の言葉だった。
「いや、申し訳ない、広瀬さん。彼女はまだ社会にでたばかりで理をわかっていないのだろう。ここで降ろされたりしたら、彼女の前途ももはやないに等しいからね、今度はちゃんとやるよね? 二村さん。それとも二村さんにはまだこの仕事は無理だったかな?」
明らかに日比野や現場の様子から、何より良太の言葉はある意味工藤の雷よりきついものだと斎藤は感じ、また、良太にここまで言わせるには相当なものがあったのだろうと推察した。
「二村の演技を少し見ただけだが、俺には全く信用ができない。良太が俳優に対してバカな真似をするはずもないし、全ては良太の裁量に任せてあるんで、使えないとわかったら良太は二村に引導を渡すと思っていていただきたい」
工藤は良太には話さなかったが、斎藤はしっかり工藤にそう釘を刺されていた。
「どうだね? 二村さん。続けるかね? 辞めたければ辞めても構わないよ?」
二村は唇をふるわせて、それでも何とか「続けます」と口にした。
斎藤は二村の肩をポンポンと軽く叩き、「頑張りなさい」と言うと、良太に向かって頭を下げた。
「この度は新参者がご迷惑をおかけして申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします」
「わざわざ、ありがとうございました」
さらに斎藤は監督の日比野やスタッフにも頭を下げながら、現場から退場した。
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