壁には古いモノクロの女性やフランスの風景写真が飾られ、壁をくぼませたスペースにはブロンズの彫刻が飾られている。
「あの、写真の女性、綺麗な人ですね」
良太がぽつりと言った。
「カミーユ・クローデル、彫刻家だ」
「え、そうなんですか?」
良太は聞き返す。
「夏川はカミーユ・クローデルが好きで、局を退社してしばらくパリに住んでいた」
「あ、じゃ、ここにある彫刻ってその人の?」
「レプリカだ」
料理やワインが運ばれると、シェフを伴ってまた夏川がやってきた。
「弟の重久だ。十年ほどパリで修業してた。こちらは青山プロダクションの工藤と広瀬くん」
シェフハットの青年は夏川より小柄だが柔和で優し気な風貌だ。
「重久です。お忙しいところ、ありがとうございます。工藤さんのお噂は兄からよくお聞きしてます」
「あ、じゃあ、この店の名前、カミーユ・クローデルさんからとったんですね?」
今気づいたことを良太が口にした。
「ええ、兄が好きで。じゃ、どうぞごゆっくり」
にこにことシェフは挨拶して夏川とともに戻っていく。
「カミーユ・クローデルさんはロダンの弟子で故人だ」
向かいで工藤がボソリと言った。
「え、何だ、俺、てっきり夏川さんの彼女かと」
「お前はもう少し芸術もかじっておけ」
呆れた顔で工藤が言った。
「ちぇ、今でも十分、能にビバルディに親しみ中ですよ」
そうだ、芸術と言えば、佐々木や藤堂にもこの店のこと教えないと。
たまに、こんな緩やかな時間もほしいよな、まあ、工藤と、だけど。
良太はチラッと眉をひそめたままの工藤を見やる。
「宇都宮なんか、お前の携帯に出すなよ」
唐突に工藤が言った。
「は? 何、それ」
寝ていた時に工藤から電話が入ったらしいことは、通話履歴に残っていて、気づかなかった自分にがっくりしたのだが。
「え、じゃ、あの時………」
「宇都宮なんかの前で、ガキっぽいツラで寝たりするな」
「べ、つに、宇都宮さんの前ってか、坂口さんの部屋で飲んだらつい……って、まあ、俺が寝ちまうとか反省はしてますけど……、何すか、ガキっぽいツラって」
「ガキだろうが。カミーユクローデルも知らないし」
宇都宮が嫌がらせのように良太の携帯に出たのを思い出して、工藤もそれこそガキのような難癖をつける。
「うっさいな、芸術をもっとかじればいいんでしょ。あ、それと、宇都宮さんにまた鍋やろうって誘われてますから」
「何だソレは?」
動かしていたフォークを留めて、工藤は良太を睨む。
「宇都宮さんが炬燵を買ったから、皆で鍋しようって、言っときますけど、ひとみさんや須永さん、竹野さんらも一緒ですから」
宇都宮が気に入らないらしい工藤には、一応、言っておかないとまた何か文句を言われそうだと先回りして告げる。
「そんなに鍋がしたいのか?」
「いやだから、鍋がしたいってか………」
人々の想いも街の喧騒も我関せずで、ゆっくりと東京の秋は深まっていく。
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