「香坂が事故って腰の骨折ったんですって。ちょうど香坂のシーンまだ放映されてないし、急遽代役を立てることになったから撮り直し。それも今夜じゃないとだめとかって、もう、せっかくのオフなのに」
鳥居の運転する車の後部座席で、佑人の隣に座る美月がぼやく。
そぞろ寒い街路樹の間の道を、車は佑人の家へと向かう。
「ごめんね、オフなのに、時間つぶしちゃって」
美月はすると、「何言ってるの」と佑人を見つめた。
「佑くんのことでならもっと時間使いたいくらいよ」
美月は佑人の肩に腕をまわしてちょっと引き寄せた。
「それより、加藤先生、真面目でいい方じゃない? でも、おかしいのよ、さっき何だったと思う? 佑人の身体に痣があるのが、いじめとか受けているんじゃないかって心配して下さったのよ」
「え? ああ、前にもそんなこと聞かれたな」
「そう、本人は本当のことを言えないという場合もあるしとかって言うから、幼い頃から祖父に空手を教わってて、その鍛錬の賜物ですって言ったら、何だ、そうだったのか、って笑ってらしたわ」
美月の言葉を上の空で聞きながら、佑人は別のことを考えていた。
「ねえ、さっき、高田と山本に声をかけてたよね?」
「ええ、そう、ほら、前に佑くんの鞄を届けてくれたでしょ。可愛いわね、高田くんって。あのおっきい子、山本くん? 坂本くんじゃなかった?」
まさか美月があの山本を坂本と見間違えるはずがない。
じゃ、わざと坂本を名乗ったってこと? どうして? 坂本もそれに合わせてたみたいだけど。
あぁあ、俺の家族になんか名乗りたくもないくらい、やっぱり嫌われてたってことか。
今更だけどね。そこまで嫌われてたら何か笑える。
笑みさえ浮かんでしまうのに、佑人は心の錘がまたぐんと重くなったような、そんな気がした。
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