「ほんとにありがとうございました。夜分にもかかわらず」
「わしはちょっと休む。何かあったら知らせてくれ」
「おい、待てよ! ジジイ! ほんとのとこ、大丈夫なんだろうな!?」
自宅へと続くドアを開けようとした老医師を手術室から出てきた力が呼び止めた。
「手術は上出来だと言ったろうが! 第一、何でここにお前がいるんだ、山本のクソガキが!」
術衣を取りながら、老医師はすぐに「ああ、そうか、タローの兄弟か」と納得したような顔をした。
「どこかで見た犬だと思ったが、フン、なるほどな、あのタローの兄弟ならちょっとやそっとじゃくたばらないだろ」
老医師は力を睨みつけるとドアを閉めた。
「クッソジジイ!」
ドアに向かって毒づくと、手術室の方へ目をやってから、力は大きく息を吐いた。
「ありがとう。君がいてくれて助かったよ。ひょっとして、佑人が小学校の時、ラッキーをくれたのは君なのかな?」
穏やかだが思いがけない質問に、力は一瞬、戸惑いを隠せなかった。
「くれたっていうか、公園に仔犬が捨てられてて、ちょうど成瀬が通りかかったんで」
「捨てたり保健所にやったりしたら承知しない、って」
郁磨は笑みを浮かべていた。
「親にだって口を出させないって断言したって、確か夏休みに入る前だったかな、まるでスーパーマンか何かみたいに、あの時の佑人にとって君はヒーローだったみたいだよ。新学期が始まったら、いろいろ君に報告しなくちゃって夏休み中、あの夏はうち中がラッキー中心だったな」
「え…………」
力は郁磨を見つめた。
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