空は遠く193

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 それを聞いて胸につかえていたものが取れたような気がした力だが、つかえていたものはラッキーの容態のことだけではないことはよくわかっていた。
「来週、佐藤さんが休みだから、また手伝いに来い。勉強になるぞ」
 半分強制的に言われて、「手が空いたらな」と返したものの、心のうちではもう行くつもりになっていた。
 河喜多動物病院は院長と助手をしている奥さんの他に、受付やその他諸々を一手にやってくれている佐藤という女性がいるのだが、ちょうどタローの予防接種の際、佐藤さんが四苦八苦していた大型犬の補助など手伝わされてからというもの、力はちょこちょこ手伝いに行っていた。
 院長にはやはり獣医になった一人娘がいるのだが、当然あとを継ぐものと思っていたところが、最先端医療を学びたいとアメリカに留学してしまったのだ。
 しかも留学先で知り合った獣医と結婚し、どうやら日本には戻らなそうである。
 好きにしろと快く娘を行かせたものの、少しばかり残念そうにしていた院長のことを、力は嫌いではなかった。
 口は悪いが、今時やっていけるのかという良心的も度を超えたやり方で、特に奥さんが受付をやっていたりすると、後で持ってくるなどと言われて治療費を取りはぐれたりなんてこともままあったりするのだ。
「とろとろしてっからだ、ジジイ!」
「フン、猫を連れてきただけでもよしとするさ」
 力の方がイライラと怒鳴りつけるのだが、そんな時でも河喜多医師はもはや済んだことだと笑い飛ばしていた。
「おい、力、何をぼおっとしてんだ?」
 コーヒーとサンドイッチを力の前のテーブルに置きながら、練が顔を覗き込む。
「うっせぇな」
「成瀬くん、ちゃんとうちに送ったのかって」
 力はちっと舌打ちする。
「あいつんちの犬が事故ったんだよ」
「ああ?」
「だから、夕べは河喜多のジジイんとこだったんだって」
 一段とぶすくれた顔で力はコーヒーをすする。

 


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