空は遠く257

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 確か、宗田老医師は随分前に離婚して妻子は遠くに引っ越し、以来一人暮らしだったはずだ。それに確か子供は女の子だったと聞いていたが。
「まあね。クソオヤジの不手際で生まれたもんで、初対面は近年」
 佑人にもおおよその事情は察しがついた。
「宗田先生は今日は?」
「ぎっくり腰で、先週から寝たり起きたり」
「そうなんですか。お大事になさってください」
 医師は力を見て、「やっぱ、力のダチじゃねぇな、こんなお行儀のいい坊や」とニヤリと笑う。
「うっせぇよ」
 しばらく黙り込んでいた力は腕組みしたまま不機嫌な顔で吐き出すように言った。
「送ってってやれよ」
 診察室を出て行く力に医師が声をかけた。
「いえ、一人で帰れますから」
 佑人が先に医師にそう答えた。
 玄関のドアを開けると雨の音が流れ込んできた。
「傘がねぇ。貸してくれ、先生」
 男たちに絡まれた時、傘はどこかへ飛んでしまっていたし、駆けつけた力ももともと傘など持っていなかったのでずぶ濡れだった。
「図々しい患者だな。そこにあるやつ持ってけ」
 医師は力に顎で促した。
「一本しかねぇぞ」
「うちは傘屋じゃねぇ。お前が成瀬くんを送ってってから帰れば一本で用は足りるだろ」
 どこまでも横柄な態度を取る力に、医師はそう指示してドアを閉めた。

 


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